不完全な切り紙細工 -14ページ目

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある




『崖の上の家』




 夢のなかで夢を見る

 ごく普通の生活をしている夢を見ていて
 その夢の中で眠り悪夢を見たとしよう

 つまり

 悪夢にうなされている
 そういう夢を見たということだ

 dream of nightmare

 なぜか  
 悪夢にうなされているのを見た夢は
 悪夢ではなく
 うなされている自分を見て
 笑っていた

 なぜだろう
 うなされている自分を突き放して
 夢見ている自分は
 うなされてなんかいないと
 喜んでいるのだろうか

 悪夢にうなされている自分と
 それをまた夢に見ている自分がいたら
 いったいどちらが本当の自分で

 うなされて嫌な気分と
 笑っている自分のどちらが
 本当の自分の気持ちなのだろう

 そんなことを考え始めたら
 頭が痛くなって目が覚めた
 悪夢から
 悪夢にうなされていたのを見ていた夢からも

 悪夢から覚めてもまだ夢で
 その夢から覚めた今のコレ

 そんなふうなことが起きるなら
 今の自分が夢じゃないって
 どうしたら言えるのだろう

 難しすぎる入れ子の構造に
 僕は疲れて
 また眠くなる

 悪夢の中身は何だったのか
 今となっては覚えていない

 もしかしたら
 それが思い出せずに悩む悪夢だったのか

 夏の午睡に御用心





    だいたい夢を見るというそのこと自体が
    考えれば考えるほどわからない
    夢はREM睡眠ステージに見る夢で
    悪夢はステージIIIくらいで見る夢だっていうけれど
    夢を見ていたっていうことや
    夢の中身をどうやって立証できるのか
    そんな科学的方法は21世紀の今でもないだろう

    それを言葉で表現することもわからない

    夢を見たというとき夢の中に自分がいたのなら
    目覚めたときその自分は何処にいったのだろう
    自分が鳥になった夢を見たって後から言うけれど
    夢の記憶は不確かで時間と共に変遷する
    だから本当に鳥になっていたのか怪しいし
    仮に本当だったとして鳥だったときの記憶が
    なぜ覚めてから自分の中に残っているのだろう

    そんなふうに考えると夢は見たのではなく
    単に見たと幻覚しているだけで
    鳥の記憶ももとから自分の記憶に過ぎなくて
    鳥になったような気がしただけだったのかもしれなくて

    I dream a dream in which I am a bird.
    と言ったときその二つの I が同一ならば
    鳥が鳥の夢を見たことになり
    自分が自分の夢を見ただけなのかもしれないし

    だいたい普通に英語では
    I dream a dream. というけれど
    それってもとから
    夢は夢を夢見るものだって言っているみたいで
    かなり奇妙な表現じゃなかろうか
    少なくとも
    私は私の人生を生きる I live my life.
    とはちょっと質の異なる表現だ

    実はこれこそ夢にまつわる
    A = A の大問題

    さあ
    あなたは今夜安らかに夢を見ることができようか







Synthetic Dream by Rildrim
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