こんにちは、
えみりです🌸
前回の稿では、社会的なステータスに対する期待や思惑が、
人を不幸にしてしまうという話をしました。
その期待や思惑によって振り回され、ステータスさえ手に入れば
心が満たされるんじゃないか、と信じるケースが多いと思います。
でも自分が望む社会的なステータスを手に入れても、
それだけでは心が満たされるということはありません。
それは何故かと言えば、
結局、人は”自分にないもの”に目を向けている限り、その習慣を克服しない限り、
いつも心のどこかで”足りない”という感覚が付きまとってしまうから。
例え、生活する中でどんなに感謝できるはずの事があったとしても。
逆に言えば、”ある”にフォーカスすることが習慣になれば、
ステータス等に関わらず、自分を満たすことはできるはずだと思います。
健康であること
毎日ちゃんと食事が食べられること
好きなことをする時間がとれること
大切な人がいること
大切な人と一緒に過ごす時間があること
家族や友人が元気で無事に過ごしていること
上記に挙げた中で一つとして、
当たり前のことなんかないって思うんです。
昔はその全てが当たり前のように感じられていました。
でもやっぱり失っていくことで気づくことがあります。
実は日常がどんなに”ある”で溢れているか、
そして当然のことは何一つとしてないということに。
そしてここでのキーワードは習慣という言葉。
私に”ある”ものに目を向けるのも、”ない”ものに目を向けるのも、
習慣によって表れる反応だと気づきました。
つまりは初めは”無い”ばかりにフォーカスしてしまう傾向であったとしても、
その逆の反応を習慣にすることができる、ということです。
私自身、以前は”ない”に目を向けることが体に染みついていました(笑)
でも、今私に与えられていることが、
当たり前のことではないと自覚し感謝するようになった時、
無いもの以上に”ある”ものに目を向けることができるようになり、
それを日常の中で繰り返し思い返して意識することで、
いつの間にか”今ここにある”ことに目を向けて、
心を満たすことができるようになりました。
ちなみにステータスや外的な条件を含む、
今の私にないものを求めることが悪いと言っている訳では全くありません。
自分の願いに正直になることはとても大事だと思います。
同時に、まだ叶っていない理想を追いつつも、
既に与えられ、囲まれている人やモノ、環境を味わい、
その価値を忘れないで感謝する習慣を日々磨くことこそが、
本当に心を満たし充実した生活を送る上で、
欠かせないことではないかと思います。

