こんにちは、

えみりです🌸

 

人はステータスに対する社会的な期待や思惑を、

自覚の有無に関わらず結構意識してしまうのではないでしょうか。

 

既婚か、独身か

子供がいるかいないか。

 

生き方が多様化し、年齢や、男女の性差などによる

生き方への固定観念が昔ほど顕著でなくなったとは言え、

それでもある程度の年齢になったら結婚して家庭をもち、子供を生むことが、

社会的なステータスを確立する要件になっている気がします。

 

世間体を無視して生きることって難しいですよね。

どうしても「良い人いないの?」「そろそろ落ち着いたら?」「寂しくない?」「子供はまだ?」

こんな質問や視線を周りから浴びせられたら、

何か自分の人生には足りてないような、そんな気持ちになってしまうと思います。

 

例えそれが今の自分が心から欲するものでなくても、

その足りないと感じるものを補うことによって、

自分も人並だという安心を手に入れたいと願ってしまう。

 

世間体のために実は望んでいなくても、望んでいるように錯覚してしまう。

あるいは望んでいても、せかされることでその願いの純度は落ちてしまう。

それは切ないことだなと思います。

 

そんな期待や思惑がなければ、

自分が本当に望む時に純粋な気持ちで求めることができるのに。

 

私自身、昔はきっとそんな世間の一般的な観念で周りを見て、

人の幸福を測っていたかもしれません。

そして逆に、周囲からそんな視線や言葉を受けて過ごした日々もありました。

 

でも、思うんです。

独身でも結婚をしていても、子供がいてもいなくても、

そのステータスに関係なく充実した生活を送ることはできるし、

逆に不幸にもなり得るって。

 

人を不幸にするのは、ステータスそのものではなく、

それに伴う人々の期待と思惑なんだと感じます

 

だから私は自分に言い聞かせます。

 

社会的なステータスによって相手の幸福度を測り、

心無い一言で何か足りていないような気持ちにさせてしまう側には、

もう決してならないようにと私自身に願っています。