こんにちは、

えみりです🌸

 

今日は自己批判の弊害と、

自己受容の偉大さについて少しお話しようかなと思います。

 

人は失敗した時、

逃げたくなった時、

誘惑に負けた時、

自分を叱咤しなければならないと思いがちです。

 

何故なら、そうしなければ自分を甘やかしてしまうと思うから。

自分の弱さを掴んで叱責し、

次は同じ過ちを繰り返さないように、

お尻を叩いて鼓舞すること、

それが自分を律する正しい方法だと信じています。

 

私自身ずっとそう信じてきました。

やると決めたことを守ることができず、

誘惑に負けてしまった時、特にそうしていたと思います。

そんな弱い自分を許してはいけない、

目標を達成するために今度こそちゃんとしようって。

 

でもそのスタンスを続けていて、

私が誘惑に負けず、自分の決めたことを最後まで守ってやりきる、

そんな強い自分になれたかといえば、決してそうではなかったです。

 

繰り返し自分を叱咤してきたことが、

その方法が上手くいっていなかったことを証明していると思います。

 

私が学生の時は、自分の足りなさを悔いて反省することが大事だという

メッセージを周囲からよく受け取っていました。

その為か私はよく自己嫌悪に苛まれていました。

 

 

でも本当はその自己嫌悪という感情こそが、

自分を立ち直らせることを難しくしていました。

 

何故なら自己嫌悪の感情は人を憂鬱な気分にします。

憂鬱な状態から気力は生まれてきません。

むしろ自己批判→自己嫌悪のサイクルは気力を奪い取ります。

 

では何が人を前向きに進み続ける気力を与えるのか。

 

それは完全にありのままの自分のことを受け入れて許すことでした。

そうやって寄り添ってくれる人の存在と、そこからくる安心感こそが、

気持ちを切り替えてまた前に進む勇気を与えてくれました。

 

そして私にとってその人というのは、まず誰よりも私自身がなってあげるべきだったんです。

どんな失敗をしても、決して否定することなく許して受け入れてくれる人。

私にとって、自分自身がそんな存在になることで、

私は自分の背中をまた押すことができるようになりました。

 

 

失敗したり誘惑に負けたりしたことが続くと、

最初はつい批判しようとする気持ちが沸いてきましたが、これも練習でした。

「そうだよね、不安だったよね、逃げたくなるよね。分かる、分かる。

大丈夫だよ。じゃあ次回からはどうしたら無理なく出来るかな?」

そんな言葉を自分にかけてあげるようになりました。

 

不思議です。

そうすると気持ちが軽くなって、また頑張ってみようって勇気が本当に湧いてくるんですから🌸

 

私が成長する過程で、この自分に寄り添うことの有益さを教えてくれる人は、

余りいなかったように思います。

 

私は誰しも、自分を立て直す力を持っていると信じています。

自己批判をするとその勇気は吸い取られ、

自己受容をするとその勇気は強化されます。

 

自己受容は決して自分を甘やかすことではなく、

むしろ再起するために必然のものでした。

心が枯渇したり疲弊していては、人は前には進めません。

心を潤すことが必要なんですね🌸