日米の教育方法の違い | windance の亜米利加放浪記

日米の教育方法の違い

日本ではSAJ(全日本スキー連盟)という官公庁のような財団が、インストラクターなどの各種資格やバッジテストなどの合否条件を細かく決め、滑り方の「型」にまで口を出し、ルールを決めるようだ。


日本のスキー場で、コブコブ急斜面をしばらく眺めていると、上級者は皆、ロボットのように全く同じ滑りをするのに気づくはずだ。画一化された「正しい滑り方」に洗脳された結果だが、それはそれで美しい。問題は、世の中の流行が変わると急に方針転換し、今度は全く異なった滑りを奨励するようになることだ。大回転競技でも、昔はエッジを極端に立て、「斜面を切る」ような滑りが理想とされた。それがいつの間にか様変わりし、今では「エッジはなるべく立てず、スキーをフラットに保って滑らせろ」などと、正反対のことを言うようになった。


その昔、もしエッジを立てない滑りができる逸材がいたとしたら、だからお前は駄目なんだと教師から猛特訓を食らって矯正させられていたことだろう。若い才能はこうして潰されていく・・・


結論はこうだ。「これがあなたの目標です。最高の結果を出しなさい。そのためにはあなたの持つあらゆる能力を総動員しなさい。ここがあなたの優れたところです。こんなこともトライしてみたらどうでしょう」がアメリカ方式ならば、「これこれこうしないと最高の結果は出ない、お前はまだ修行が足りない。俺にはお前の悪い点が見える。ここを直せ」というのが日本方式だ。


こんな連中が取り仕切っている限り、いつまでたっても日本からスーパースターが生まれることはないだろう。