盛大な感謝祭パーティー
翌日は、近くのカントリークラブで盛大な感謝祭パーティーが開かれた。
彼の妹さんはまだ14歳で、笑うと歯の矯正金具が顔を出し、170センチぐらいの背丈と非常にアンバランスな感じだった。彼女と一緒にパーティーに参加するボーイフレンドは彼女よりも背が低く、まるでお姉さんが弟を引き連れているような感じで可笑しかった。彼らはこうしてカップルで参加することにより、大人の社交礼儀を学び、雰囲気に慣れていく。アメリカでは基本の行動単位がカップルであり、子供も小さい頃から大人と同格に扱われ、小さい時からしっかりした考え方とマナーを身につける。
驚いたことに、僕の友人は、僕にもガールフレンドをアレンジしておいてくれたことだ。以前から時々口をきいたことのあるブロンドの巻き毛の女の子で、僕たちがお互いに好感を持ち合っていたことを彼は見抜いていたようだった。事前にそんなことを聞かされていなかった僕は、当然ひとりで参加するものと腹をくくっていたが、パーティーの数時間前に、正装して突如彼の実家に現れたその女の子を見て驚嘆した。
この頃から僕には、女性にはドアを開けてあげる、レストランでは軽く背中を押して席までエスコートしてあげる、女性が席を立った時や招待者が着席する時には自分も立ち上がる、などの動作が自然に身についた。いわゆるレディーファーストだ。西洋文化では、か弱い女性を守る、という単純な理念から生まれたこのようなマナーが社会的作法として普段から徹底されているからこそ、いざという時に女性を決死の覚悟で守ることができる。フィギュアスケートのアイスダンスなどを見ていると、女性パートナーをリードし支えながら、美しさを引き立てるように滑るヨーロッパ陣営の男性の表現力が素晴らしい。
日本では、偉そうに風を切りながら女性の先を歩いたり、同僚と酔っ払いながら「XXXちゃん」などと大声で馴れ合い言葉を発するオジサン連中の何と多いことか! 街中で見かけるたび、どうしようもないガキなんだなあと、悲しくなってしまう。今や、我慢しながら半歩下がって男性の後ろをついていくような女性は皆無なのに、未だに昔の男尊女卑の頃の甘えとだらしなさを引きずっていたのでは、軽蔑されて当たり前だ。
力のない者ほど、虚栄を張って偉ぶるものだ。陰で人の悪口や不平を言うものだ。弱者を守るために、すべての苦難を抱え込んでその重みに耐え抜いてこそ、真の強さがにじみ出てくるはずだと思う。