今シーズン限りで現役を引退された、読売ジャイアンツの木村拓也選手の話が紹介されていました。
紹介された横浜ベイスターズとの試合、
中継が終わっていたので実際に映像で見たのはその日のスポーツニュースでした。
そこで見事に無失点に抑えベンチに戻る時に原監督が『よくやってくれた』と笑顔で肩を何度も強くたたいていたシーンには思わず涙が出ました
守備の要・捕手の選手登録者がいない…そんな絶体絶命の危機を救った、間違いなくあの試合のMVPでした
彼がいなければ延長12回まで戦いながら、プロの試合としては成立しないような敗れ方をしていた可能性が高かったですからね
1990年ドラフト外で日本ハムに入団、広島へ移籍する中10年目でブレイクした苦労人、プロとして生き残る為に努力して行き着いたのが投手以外どこでも守る事の出来る(それも高いレベルで
)ユーティリティープレイヤーという道でした。その為様々なポジションで厳しい守備練習をこなし、試合中スタメンでは無い時はブルペンで中継ぎ投手のキャッチャーを勤めるなど、並々ならぬ努力がドラフト外から19年戦力外通告も受けず活躍できた事に繋がったんだと思います。その姿に本当のプロスポーツマンを感じました
来シーズンからは指導者と新たな仕事が始まりますが…木村拓也選手、ひとまずお疲れ様でした。
紹介された横浜ベイスターズとの試合、
中継が終わっていたので実際に映像で見たのはその日のスポーツニュースでした。そこで見事に無失点に抑えベンチに戻る時に原監督が『よくやってくれた』と笑顔で肩を何度も強くたたいていたシーンには思わず涙が出ました

守備の要・捕手の選手登録者がいない…そんな絶体絶命の危機を救った、間違いなくあの試合のMVPでした
彼がいなければ延長12回まで戦いながら、プロの試合としては成立しないような敗れ方をしていた可能性が高かったですからね
1990年ドラフト外で日本ハムに入団、広島へ移籍する中10年目でブレイクした苦労人、プロとして生き残る為に努力して行き着いたのが投手以外どこでも守る事の出来る(それも高いレベルで
)ユーティリティープレイヤーという道でした。その為様々なポジションで厳しい守備練習をこなし、試合中スタメンでは無い時はブルペンで中継ぎ投手のキャッチャーを勤めるなど、並々ならぬ努力がドラフト外から19年戦力外通告も受けず活躍できた事に繋がったんだと思います。その姿に本当のプロスポーツマンを感じました
来シーズンからは指導者と新たな仕事が始まりますが…木村拓也選手、ひとまずお疲れ様でした。