私は以前から「SUPで三浦半島一周」をやっていて、今日は浦賀→観音崎SUPツーリングです。浦賀の出艇ポイントに到着すると波は穏やか、若干北風が強いです。でも実施は可能と判断、準備をしてスタートしました。

燈明堂海岸から燈明崎をまわります。この時点で目的地の観音崎は遠くに見えますが、まずは左折し浦賀湾を一周します。浦賀湾は前からSUPポイントとして興味があり漕いでみたかったのです。湾口が広く開いているのでなかなか海面は穏やかにならず、燈明崎から1kmほど漕いでようやく内港ならではの平水面になります。浦賀は造船所があったことでで有名です。浦賀での造船の歴史は1853年(嘉永6年)のペリー来航までさかのぼります。1969年住友機械工業と合併した際、追浜造船所(現横須賀造船所)を開設、民間船建造はこちらに移りました。浦賀地区は工場集約のため2003年(平成15年)に閉鎖されました。

造船所が稼働していればとてもSUPで浦賀湾内に入ることなどできなかったでしょうが、現在は大型船の出入りもほとんどないので大丈夫なんです。 マリーナ前を過ぎ浦賀湾内に入ると、まず並んだ大型船が迎えてくれます。すべてガット船(砂利運搬船)です。300~400トンクラスですが、近くに行くとやっぱり大きい。こんな船の舳先を漕げるのも浦賀ならではですね。

 

そして次に現れるのは浦賀の渡し船。渡し船の歴史は造船所よりもさらに古く、1725年(享保10年)頃から渡し船が運航しています。 公営交通としての歴史は1878年(明治11年)東西の浦賀の町内会の連合会が共同で渡し船運営したのがはじまりとされています。1917年(大正6年)頃に浦賀町が地方自治体として渡し船の運営を開始しました。1943年(昭和18年)浦賀町が横須賀市に編入されてからは横須賀市が渡し船を委託経営しています。 水上区間であるが横須賀市の市道2073号線ということなので驚きです。昭和30年代頃に機械化された船による航行が始まり1998年(平成10年)現在の愛宕丸が就航しました。のんびり行き来する渡し船。まさに浦賀ならではの風景です。

 

そしていよいよ湾の突き当り、ドッグ跡に向かいます。ランドマークだった大型クレーンこそ途中から切断されてしまっていますが、ドッグの本体はまだそのまま残されています。海面からなので扉しか見えませんが、重厚なドッグの扉はこれだけで歴史を感じさせてくれます。ドッグは1号から3号までありますが1号ドッグは世界でも4つしか残っていないレンガ造りのドッグです。北側岸壁には海上自衛隊の艦船が停泊していました。以前ならSUPなんかで近付こうものなら逮捕されていたかもしれません。ここもいくつかの建物をのぞいては何もなく、かつての面影はどこにもありません。

浦賀湾を出ていよいよ観音崎に向かう。県営団地の横を漕いで行きますが、よくぞこんな場所に団地を造ったものだと思います。台風のたびに部屋が塩だらけになることでしょう。鴨居港の沖を漕いで観音崎自然博物館の前まで進みます。ここまで来ればあとは灯台岬を回れば目的地の観音崎海水浴場です。しかしこの辺りは浦賀水道でも最も幅の狭い場所で、潮の流れも速く不規則な波が立ちます。大型船もすぐ目の前を航行して行きます。案の定後方からの波に足元をすくわれて落水。やっぱり簡単にはいきませんね。気を取り直して再スタートし、なんとかゴール地点の観音崎海水浴場に上陸しました。

今回のコースはなかなかハードで、ある程度のSUPスキルがないと厳しかったでしょう。
でも久しぶりにアドベンチャー気分を味わえ、ゴールした時の達成感は格別でした。