走った後の空が見たいと思って何となくRUNを始めた。

きっかけは、何となくでも継続することは、相当の覚悟がいる。

運動の中でも苦しい時間が長いから自分をコントロールすることが、難しいと思った。

自分を支えてくれる人との出会いや走りの基本を教えて貰ったりだとか、色々な要素のサポートがあっての継続かなと思う。

みんなは、走っているとき何を考えているのだろうか?

そういう素朴な疑問や自分が考えたことを記録したくて、何となくアメブロを始めた。

 

今日は6.72km走った。

昨日と違うのは、心臓や肺の問題ではなく、足の痛みがメインの苦しさだということに気づいたこと。

もうずっと筋肉痛が続いている。

自宅から多摩川のサイクリングロードに入ってスリオンテックのグランドが見えてくると折り返しの、水道橋は、もうすぐ。

でもランニングでさえも初心者の私にとってそこまでの距離を走ることさえ簡単ではない。

いつも考えるのは前に観たフォレストガンプの映画のなかで、フォレストが、ジェニーが、反戦運動のリーダーと一緒に去って行った後で何となく走り始めて、何年も走り続けてアメリカ大陸を横断してしまう場面 その時彼はジェニーとの別れの悲しみを忘れたいと思っていたのか?それともジェニーとの幸せな記憶だけを考えて走ったのか?

それとも、きっかけは、ジェニーとの別れだったけど、走ることが好きだっただけで、無心に走ったのか?

その映画を思い出すことで、腸腰筋や大腿四頭筋の痛みは少し耐えられた。

走った後の空は光っていた。

風は透明だった。