「手、出しといたほうがいいよ。」
隣に立っている女子に、そう声をかけられる。唄はぶっきらぼうに「ああ。」とだけ言って、素直にポケットから手を出す。この学校はやたら態度とか姿勢とかに厳しい。見つかれば面倒なことになるだろう。
「皆さん、静粛にお願いいたします。間も無く、高名寺高等学校、入学式が始まります。」
放送部だろうか。ウグイス嬢のような声が、体育館中に響き渡る。その瞬間、隣の女子も、そのまた隣の男子も、緊張感を持った表情になった。
きっとみんな、ここに入学したくて頑張ってたんだろうな。他人事のように思いながら、唄は欠伸をしそうになったのを、ぐっと嚙み殺し、視線を前の方に動かした。
ただ一人、唄だけがいつもと変わらない表情だった。彼は、この学校に行きたかった訳ではないのである。
「ただいまより、高名寺高等学校、入学式を始めます。一同、礼。」
さらに空気が張り詰めた。この妙な緊張感に、唄は顔をしかめそうになるが、一貫して無表情を保ち続けた。
(眠い。早く終わらないかな。)
また欠伸をしそうになったが、これもまた耐える。中学の時も、集会中に欠伸をして怒られたことがあるため、こういう時には欠伸をしないよう気をつけているのだ。欠伸なんて生理現象だっていうのに、学校というものは本当に細かい。
校長先生の長ったらしい話も、唄は全く聞いていなかった。退屈な時は、楽しいこと、別のことを考えるのだ。さっきやっていたゲームを、あそこからどう攻略しようか、帰ったら即寝ようとか、ぐるぐると考えて行くうちに、ひとつの欲望に辿り着く。
(あー。トランペット吹きたいなぁ。)
唄は、中学時代、吹奏楽部でトランペットを吹いていた。練習熱心だったことも相まって、同世代の中でも一目置かれるほどの実力を持っている。当然、彼自身は高校でも吹奏楽をしたかったのだ。
校長先生の話が終わったのか、放送部の「一同、礼。」という言葉によって、意識を戻された。それでも大丈夫。また考えればいい。
「次に、新入生代表挨拶です。新入生代表・和田晃平(わだこうへい)。」
「はい!」
新入生代表挨拶の生徒は、その年の模擬テストで一番の成績を取った者に任される。今呼ばれた和田は、元気良く返事をし、壇上へと上がって行った。さあ、考え事の時間だ。
唄はこの学校に興味が全くない。この学校には、吹奏楽部が存在しないのだ。いや、だいぶ前はあったらしいが、普通校から進学校に変わったため、部員が少なくなり、その結果廃部したのだという。
新入生代表挨拶が終わり、また「一同、礼。」の掛け声が耳に入った。そろそろ終わりか?唄は、終了と告げる声をひたすら待っていた。
あまり考えごとをし過ぎると、かえって眠くなるし、唄は立ち寝が得意だったりする。バレれば面倒だ。ここからは真面目に聞いておこう。そう思いながらも、頭の中では架空吹奏楽団の演奏が繰り広げられている。
「以上をもちまして、高名寺高校、入学式を閉じます。一同、礼。」
終わった。あとはホームルームが終われば帰れる。唄は先程より俄然瞳を輝かせ、次の支持を待った。隣の女子が、唄の顔をふと見て睨みつけていることなど、気付くはずが無かった。