青梅 鉄道公園 | 風がそよぐ場所

風がそよぐ場所

落書き・写真・日々の戯言…

気紛れに更新中!!!!!!!!!!

※空白の時間を少し埋めてみた※

4月27日亀戸天神藤の花載せました。

何処に行こうか迷って…母が検索をかけた鉄道公園……


小さな男の子のいるご家族が多かったです。


入場料は大人100円とお手軽。




今回は携帯での閲覧はオススメしません。。。


説明書きを打ち込んでるのd


ペタしてね


誤字脱字も多いと思います。。。


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110号(110形式タンク蒸気機関車)


風がそよぐ場所-110形式タンク蒸気機関車


明治4年(1871年)、イギリスのショークシャー・エンジン社で製作され、鉄道創業時に「10号機関車」と呼ばれた最も古い機関車の一つです。
明治42年(1909年)に「110号機関車」と名前を改め、その後、各所で活躍した後、大正7年(1918年)まで汐留駅構内入換に使われていました。
大正12年(1923年)から昭和20年まで国鉄大宮工場の鉄道参考品陳列所に展示され、陳列所がなくなったあとも、ずっと工場に保管されていたものです。昭和36年10月14日鉄道記念物(16番目)に指定されました。


機関車全長 7,214mm

シリンダ直結X行程 299mm×432mm

使用蒸気圧 8.0kg/c㎡


機関車重量

運転整備 23.04t

空車 18.85t


動輪直径 1,245mm

輪軸配置 1-B-0

購入時価格 2,600ポンド

含船賃

風がそよぐ場所-110形式タンク蒸気機関車


2221号(2120形式タンク蒸気機関車)

風がそよぐ場所-2120形式タンク蒸気機関車


この形式は明治時代のタンク機関車としての強力機関車で日露戦争(1904~5年)当時、急にアメリカやイギリス、ドイツなどに注文し一部は満州でも使われました。当初はB6形と呼ばれ両数が多かったので(最も多いとき268両)貨物列車用や勾配線用として至るところで活躍し、戦後もしばらくの入換用として使用されていました。
この機関車は明治38年8月(1905年)英国のノーズブリティッシュ社で製造され昭和30年3月まで使用されました。

機関車全長 10,370mm

シリンダ直径X行程 406mm×610mm

使用蒸気圧 12.5kg/c㎡


機関車重量

運転整備 51.23t

空車 38.19t


動輪直径 1.250mm

最大馬力 440馬力

輪軸配置 0-C-1



準鉄道記念物
ED161号電気機関車


風がそよぐ場所-ED161号電気機関車

ED18形式は昭和6年に開発され、18両製作されました。現役の電気機関車としては国鉄最古の形式で、当初は中央線 八王子―甲府間、上越線水上―石打間などで活躍しましたが、昭和40年以降全機が立川機関区に集結し、南武線・青梅線を主体に貨物輸送の主力となって、半世紀の永きにわたり活躍しました。
このED161号は昭和55年9月末まで使用されましたが、10月の時刻改正により現役を退き、昭和55年10月14日準鉄道記念物(42番目)に指定されました。


製造年月日 昭和6年5月12日

機関車全長 15,360mm

全幅 2,810mm

全高 3,810mm


機関車重量

運転整備 76.8t

空車 76.4t


電気方式 直流 1,500V

全走行キロ 3,055,112km

風がそよぐ場所-ED161号電気機関車


5540号(5500形式テンダ蒸気機関車)

風がそよぐ場所-5500形式テンダ蒸気機関車


この形式は明治時代の後半より大正初期にかけて旅客列車用として愛用された機関車です。当時60両もありました。
この機関車は明治30年(1897年)英国のバイヤーピーコック社で製造され第一線で活躍した後は入換機として使用されたのち札幌工事局で、昭和36年まで工事用として活用していました。


機関車全長 13,910mm

シリンダ直径X行程 406mm×559mm

使用蒸気圧12.0kg/c㎡


機関車重量

運転整備 31.65t

空車 29.22t


炭水車重量

運転整備 24.20t

空車 11.64t


動輪直径1,400mm

輪軸配置 2-B-0

風がそよぐ場所-5500形式テンダ蒸気機関車

風がそよぐ場所-5500形式テンダ蒸気機関車

9608号(9600形式テンダ蒸気機関車)


風がそよぐ場所-9600形式テンダ蒸気機関車


この形式は大正時代の代表的な貨物機関車で充分な火床面積を得るため動輪上に火室を置いたのが特徴で、このためボイラ中心線は非常に高いが引張力は強大で、大正12年(1923年)D50形式が出現するまで貨物列車用や勾配線用の標準形として毎年製造され、その両数は784両にもなりました。テレビ映画「旅路」に登場したのもこの形式です。
この機関車は大正2年(1913年)川崎造船所兵庫工場で製造され、昭和37年7月まで関西方面で使用されていました。


機関車全長 16,563mm

シリンダ直径X行程 508mm×610mm

使用蒸気圧 13.0kg/c㎡


機関車重量

運転整備 60.35t

空車 54.83t


テンダ重量

運転整備 34.50t

空車15.50t


動輪直径 1,250mm

最大馬力 870馬力

動輪配置 1-D-0

風がそよぐ場所-9600形式テンダ蒸気機関車


8620号(8620系テンダ蒸気機関車)

風がそよぐ場所-8620形テンダ蒸気機関車

この形式は明治末期に輸入された各種の機関車の長所を取り入れ、日本で設計製造された非常に優秀な性能をもった機関車です。全部で670両もつくられ、各地の幹線旅行列車用として使われた大正時代の国鉄を代表する機関車です。
この機関車は大正3年(1914年)汽車会社によってつくられ、九州で活躍後、昭和10年四国に移され、昭和33年9月は医者となったもので多度津工場(香川県)に保存されていました。


機関車全長 16,785mm

シリンダ直径X行程 470mm×610mm

使用蒸気圧 13.0kg/c㎡


機関車重量

運転整備 48.83t

空車 44.54t


炭水車重量

運転整備 34.50t

空車 15.50t

動輪直径 1,600mm

最大馬力 630馬力

輪軸配置 1-C-0


風がそよぐ場所-8620形テンダ蒸気機関車

風がそよぐ場所-8620形テンダ蒸気機関車


D51 452号 (D51形式テンダ蒸気機関車)

風がそよぐ場所-D51形式テンダ蒸気機関車


この形式は、D50形式(大正12年から製作)に代わる主要幹線貨物列車用として、昭和11年から政策されました。終戦までに、同一形式としては最多数の1,100両以上が製作されて全国に配置され、デゴイチ(D51)の愛称で親しまれています。
とくに戦後の貨物輸送を通じて日本の経済復興に大きな役割を果しました。
この機関車は昭和15年汽車会社で製造され、昭和40年まで東北本線 郡山―盛岡間で、その後昭和47年まで関西本線 亀山―天王寺間で活躍し、32年間に213万km(地球60周)を走破して、この地に引退したものです。


機関車全長 19,500mm

シリンダ直径X行程 550mm×660mm

使用蒸気圧 15kg/c㎡


機関車重量

運転整備 76.80t

空車 68.50t


テンダ重量

運転整備46.20t

空車 18.20t


動輪直径1,400mm

最大馬力 1,280馬力

輪軸配置 1-D-1


風がそよぐ場所-D51形式テンダ蒸気機関車

風がそよぐ場所-D51形式テンダ蒸気機関車


クモハ40054号  (クモハ40形式電動車)

風がそよぐ場所-クモハ40形式電動車


国鉄が東京・大阪地区の通勤輸送用として、1932年(昭和7年)から製造をはじめた電車です。1両あたりの定員を増やすため、車両の長さを従来の通勤電車より約3m延ばして20メートルにしています。また、運転席が車両の前と後ろに1つずつあるのが特徴的です。
クモハ40054号は1935年(昭和10)に田中車輌工場(今の近畿車両)で「モハ40134号」として新製造され、当初は総武線で使われました。
山手線を経て戦後は中央線を中心に走り、1962年(昭和37)に日光線へ転じました。昭和20年代半ばに青梅線へと配属されたこともあり、青梅~氷川(現・奥多摩)間を1両編成で往復しました。なお、青梅線ではその後もクモハ40形電車が活躍していましたが、1978年(昭和53)3月を最後に全社引退しています。

(この電車は、引退した当時の姿で展示しています)

全長 20,000mm

重量 44,70t

定員 124人(うち座席50人)

定格出力 400kW/h

※データーは製造時のもの



E102号 (E10形式タンク蒸気機関車)


風がそよぐ場所-E10形式タンク蒸気機関車

急勾配線用として製作されたもので、わが国の最大のタンク機関車です。当時はトンネル区間を運転するための煙突を後にして後ろ向きに運転する構造となっていました。又曲線通過に無理のないよう第3・4動輪タイヤにはフランジがありません。
この機関車は昭和22年(1947年)汽車会社において製作されたもので、最初奥羽線の庭坂―米沢間に、その後は肥薩線人吉―吉松間や北陸線金沢―石動間の勾配線に使われ、昭和32年から北陸線米原―田村間を運転していたものです。


機関車全長 14,450mm

シリンダ直径X行程 550mm×660mmm

使用蒸気圧 16.5kg/c㎡


機関車重量

運転整備102.10t

空車 80.53t


動輪直径 1,250mm

最大馬力 1,340馬力

輪軸配置 1-E-2




新幹線22形式

風がそよぐ場所-新幹線22形式
新幹線

鉄道公園の新幹線は、東海道で活躍をしていましたが、長い仕事を終え昭和60年3月に浜松工場より運搬され、当公園に配置されました。
開業当初は、東海道新幹線だけでしたが、現在では山陽・東北・上越・山形・秋田・長野・九州・各新幹線が開業し、日本の主要都市を高速で、しかも正確、安全に運転され、私達の生活に欠かせない交通機関です。
公園に展示されている新幹線の車両は、東海道新幹線を走っていた22形式です。


新幹線22形式のデータ

形式 22
車両 MC
全長25,150m
自重 57.4t
定員 80人
台車形式 0T200
主電動機形式 MT200
製造 1969年
製造所 汽車会社(44製22-75)





写真は撮ったけど…説明を撮り忘れたC11…あせる


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