読者の凛々子 さんが以前に乗せた記事です。


著者は不明らしいですか、読むたびに感じるものがあります。


悪意なき善意のつもりが結果、良くない事もあります。


先日、まさにこの通りと思える場面に遭遇し、この詩を思い出しましたので、凛々子 さんにお願いして掲載をさせていただきました。



一人の男が蝶のさなぎを見つけた。
ある日、そのさなぎに小さな穴が開いた。
蝶がもがきながらその穴から外に出ようとするのを、
男は据わって何時間も眺めていた。
しばらくすると、進展がなくなったように見えた。
出られるところまで出たものの、これ以上は動けない様子だった。

  そこで男は蝶を助けてやることにした。
ハサミを持ってきて、残っていたさなぎを切り落としてやった。
蝶はするりと出てきた。
しかしその胴体はふくれあがり、羽は小さく縮れていた。

  男は、羽はすぐに伸びて大きくなり、
胴体も収縮してうまくバランスが取れるようになるだろうと、
そのまま蝶を見ていた。
しかし、期待したことはどちらも起きなかった。

それどころか、
蝶は死ぬまで縮れた羽とふくれあがった胴体を引きずって、
あたりを這い回ることしかできなかった。
最後まで飛ぶことはなかった。

  蝶が窮屈なさなぎの小さな穴からもがきつつ出て来ることは、
体液を胴体から羽へと循環させるために神が定めた方法であり、
その過程を通ってこそ蝶はさなぎから出て来た時に
羽を広げて飛ぶことができる。
親切心で先を急いだこの男は、その神の摂理を理解していなかった。

  私たちの人生でも、まさにもがき苦しむことが、必要な時がある。
もし神が何の苦労も与えないのなら、
私たちもまたあの蝶のようになるだろう。
試練を通り超えてこそ強くなれるのだ。
そうでなければ決して飛ぶ事はできない。