昨日の記事 話方の問題点 チェックシートでエトス・パドス・ロゴスについての質問が有りましたのでお答えしたいと思います
哲学者アリストテレスは、説得力の要素は「エトス」「パトス」「ロゴス」の3つだとし、下記のように説いています。
エトス・・・品性、人柄、精神、気風など。日本の「徳」に近い。
パトス・・・感情のエネルギー。熱意、感動も含む。
ロゴス・・・ロジック。言語、議論など。ディベート力を指す。
特に人を動かそう、説得しようとする時に必要なのは、理論ではない。
論理的に言い負かしても人は動かない。
人に共鳴と感動を与える心と、ほとばしる情熱が人を動かすのだ。
※アリストテレスまたはアリストテレース(古典ギリシア語 : Αριστοτέλης、前384年 - 前322年 3月7日 )は、古代ギリシア の哲学者 である。中世スコラ学 に影響を与えた。プラトン の弟子であり、ソクラテス 、プラトンと共に、しばしば「西洋 」最大の哲学者の一人とみなされるほか、その多岐にわたる自然研究の業績から「万学の祖」とも呼ばれる。またアレクサンドロス大王 の家庭教師であったことでも知られている。
簡単に言うと、上記の内容ですか、ネットで調べたら下記のような内容がありました。
的確に言い表していると思いますので、そのまま引用しました。
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/column/123.htm
| 人称代名詞 | 三つのOS | 発揮される能力 | |
| 一人称で 行動でき |
ethos | 徳性・意 | モチベーション能力 目標設定スキル |
| 二人称で 語り合え |
pathos | 感性・情 | コミュニケーション能力 対人関係スキル |
| 三人称で 思考する |
logos | 理性・知 | プレゼンテーション能力 問題解決スキル |
◇望ましい人物像については、古代ギリシャ時代からエトス・パトス・ロゴスの三つが大切と言われています。
それに関連させて人称代名詞で整理したのが望ましい人物像「1-2-3」です。
すなわち「一人称で行動でき、二人称で語り合え、三人称で思考する」ことができるかどうかが重要であるということです。
◇まずエトスethos(人格・徳性)については「一人称で行動でき」に相当すると思われます。
一人称についてはI/my/me、例えば「その件については私に任せてください、最後まで責任を持ってやり遂げましょう」と言えるかどうかです。
この1番目がしっかりしていれば、バイタリティーに溢れ、完遂能力があり、他人からとやかく言われなくても自分自身の動機付けで行動できる=モチベーション能力が高くなります。
◇次にパトスpathos(感情・感性)は相手と一緒に泣いたり、笑ったり苦楽を共にすることですから「二人称で語り合え」に相当します。
二人称はyou/your/youです。これは親・兄弟や友人たちと語り合え、喜びや悲しみを共に分かち合えるかどうかです。
社会人となってからは、お客様の立場を思いやることができるかどうかがポイントになるでしょう。
この点は対人感受性や協調性の豊かさ、コミュニケーション能力につながります。
◇三番目のロゴスlogos(論理・理性)は客観的・論理性をもって問題分析ができ、かつそれらを統合することによって新しく創造できるかどうかです。
三人称はhe/his/him,she/her/her,they/ther/themです。
第三者の立場から自己分析ができ、ものごとを客観的に見て、思考することができるかどうかが問われます。例えば、日本の国内だけで通用すれば良いというのではなく、世界に向けてyes/noがはっきり言えて、説得できるようでなければいけないのです。この点は問題分析力、創造力、プレゼンテーション能力につながります。
◇ギリシャ語のethos,pathos,logosの三つには-osが語尾についていますので、私は「三つのOS」とも言っています。
すなわちコンピュータの世界ではMAC,Windows,UNIX,Linux等のOSがあり、これらが基本となって各種のアプリケーションソフトウエアが動くのと類似させて考えると、人間もハードとしての器が土台にあって、「三つのOS」がその基本ソフトとなり初めて諸活動が可能になると見ることも面白いと思います。
なお日本語では同様のことを「知・情・意」と表現しています。
「知」は知性・理性、「情」は感情・情熱、「意」は意志・意欲を指しています。
◇古代ギリシャの哲学者アリストテレスも他人を説得するにはエトス・パトス・ロゴスの順序で行う重要性を指摘しています。
先ずは自分の立場を明らかにして、次に他人を思いやり、最後に論理的に説明するということです。
それを考慮しないで始めから理屈で説得しようとしては、相手の心が開かれないで説得は失敗すると言うことです。