西国は播磨国・・
兵庫県加西市

創建
白雉元(650)年


西国三十三所
第26番札所
法華山 一乗寺

入山料を支払って奥に進むと正面に石段が見える。
この場所から本堂までは三つの石段を上がらなければならないが、
これが最初の石段である。


その石段の上から見る・・
一番目の石段を上がりきると左側にかなり大きな堂が見えるが・・

これが止観道場として使用される
「常行堂」
である。

常行堂を左に見て二番目の石段を上がると
左側に「三重塔」の建っているのが見える。

「三重塔」
伏鉢(屋根上、相輪の下部にある半球状の部材)の銘から、
承安元年(1171年)の建立と判明する。
平安時代にさかのぼり、建立年代の明らかな塔として
日本でも稀有のものである。
塔身部の逓減率(初重から三重に向かって小さくなる率)の
大きいことが特色である。
この塔の建築様式に古代的な手法が見られるのと同時に、
古代から中世への移行期の技法のあり方がうかがい知れるということから、
建築史上著名であるという。

国宝だ

「三重塔」が建てられている広場の北側から三番目の石段があり・・

その石段の上の場所に
「金堂(本堂)」
が建てられている。

「大悲閣」
ともいう

「金堂(本堂)」白雉元年(650年)に創建され、
寛永5年(1628年)に再建されたといわれている。
「金堂(本堂)」は舞台作りで・・

「大悲閣」とも呼ばれており、正面の扁額にも『大悲閣』と書かれている。

金堂の外周の廊下を歩いて正面にまわり金堂(本堂)の中に入る。

三重塔を見降ろす・・

金堂(本堂)の内部であるが・・

内陣との間には格子の障壁が設けられている。
内陣の宮殿には奈良時代前期の作品とされている・・

本尊の「聖観世音菩薩」が安置されているが、
秘仏であり開扉時以外直接の拝観は出来ない。

裏側からみた本堂

「三重塔」の前の広場から東の方向に石段を下りてしばらく進むと、
「奥の院」
への道標(この写真)が見える。
この道標を見て傍の道を北の方に進むのだが・・
この日は大雨の影響で
立ち入ることができなかった。

本堂の東側に
「鐘楼」が建てられている。

本堂から見た「鐘楼」

県指定文化財

「金堂(本堂)」の北側に小さい社が南を正面にして建てられているのが見える。
「護法堂」
やや小高い場所に建てられている。
鎌倉時代の様式をとった室町時代の建築とされている。

重文です

「弁天堂」(左)
一間社春日造の社殿。
室町時代。
と「妙見堂」
三間社流造の社殿。
室町時代。

重文です

御納経

下山し・・

粟嶋堂あたりの様子です。



。。。。。 千 。。。。。