「死んだ」と聞いた瞬間、(やばい)と思いました。ただでさえPKOなどが国会で取り上げられていた時期でしたし、責任者の支局長はGWで留守宅に帰省していました。
なかなかつながらない県警に電話をかけ続け、ようやく広報課長がつかまりました。
私「カンボジアに県警から出している文民警官の件ですが」
広報課長「うん、確かに出してるよ」
私「その人がゲリラに襲撃されたらしいですね」
広「こっちにも情報入ってないんだよ。今外務省に照会中なんだ」

結局襲撃されたということしか確認が取れませんでした。いずれにしろ日本から派遣された中で初めての犠牲者です。自宅が官舎で奥さんと小さい男の子がいることまでは教えてもらいました。
次に支局員を呼び出しました。JRと技術関係が担当のT島はまだ第一子が生まれたばかりでしたが、緊急時でしたので電話で官舎へ回るように指示を出しました。着任直後で入社2年目のT村にも官舎に回るよう電話。前の年までサツを担当していた社会部出身のKが実は一番テンパってました。
K「ボ、ボクは何をしたらいいですか?」
私「落ち着け、岡山で殺しがあったわけじゃないんだから。まず、サツのクラブに行って情報収集してくれ。俺は支局に上がって指示出すから」

とりあえずの配置を終え、カミさんに「じゃ、いってくる。帰れないかもしれないから」と言って家を出ました。
なにせ事件は国外で起きています。被害者の地元ではあるもののこちらで取材できるのは家族と県警の対応くらいのものです。
約15分後、支局の電気をつけた途端に電話が鳴りました。官舎に行かせたT村からでした。
T村「自宅は電気が消えていて、人の気配がありません」
私「他社は来てるの?」
T村「いることはいますが、そんなに多くはいません」
私「T島には会えた?」
T村「いえ、見当たりません」
私「わかった。もう少し様子見て」

電話を切るとすぐにまた着信です。今度はサツのクラブに行かせたKからでした。
K「他社情報ですが、どうやら家族は旦那の実家の水島に行っているようです」
私「わかった。T村、T島を向かわせる」

外に出ている者との連絡はまだポケベルで呼び出し、相手からの電話を待つという時代です。その2~3分のタイムラグが、予想しなかった不幸を招いてしまうのでした。

(続く)
今年のGWは見事に「1000円ETC渋滞」に巻き込まれましたが、GWといえば思い出すのが1993年に発生した「カンボジア文民警官事件」です。
岡山県警から反政府ゲリラの横行で治安が悪化していたカンボジアに治安維持のために派遣されていた高田警部補(後に2階級特進して警視)がゲリラに襲撃されて死亡した事件といえばご記憶の方も多いでしょう。

GW何した? ブログネタ:GW何した? 参加中

発端は今回の大渋滞に巻き込まれた日と同じ5月2日の夜でした。その年に家族を横浜から呼び寄せて、GWはどこに行こうか、などと夕食後に話していた時に電話が鳴りました。私が出ると社会部のデスクからでした。
デスク「岡山県警からカンボジアに派遣されている警官がゲリラに撃たれて怪我したらしい。確認してくれ」
私「わかりました。確認して電話します」
最初の会話はこんな短いものでした。県警に電話したところ、当直体制でわからない、と言われ、当時親しかった県警の広報課長宅に電話をすると、既に県警に向かって自宅を出た、とのことでした。
ウラが取れないというのは焦るものです。そうこうするうちにまた社会部デスクから電話がありました。
デスク「おい、TVが文民警官が撃たれて死亡したって流してるぞ、早く確認してくれ」
私「今県警の広報課長がつかまりません。至急やります」

カミさんも娘2人も何があったのかと興味深々の様子で私を見ています。
とても長くて、印象に残るGWが始まろうとしていました。
(続く)

今回の帰省中にデジカメで撮影した写真たちです。



アメリカンフットブログ-wk1

           第57回早慶戦。慶応のファーストプレイです。



アメリカンフットブログ-wk2
第57回早慶戦。早稲田が第1Qに見せたロンリーセンター。


アメリカンフットブログ-br
2度目の出産を終えて、巨大児におっぱいを上げるブラウニー


アメリカンフットブログ-brjr
その「巨大児」。生まれた時に180g、たった3日で270g


アメリカンフットブログ-clea
レッドのクレア。まだ5ヶ月です


アメリカンフットブログ-aroma
シルバーのアロマ。一番の新入り、生後3ヶ月ですが、クレアより巨大。

【ケース1】


パントボールがレシーブ側の#45のヘルメットに当たった。跳ね上がったボールは空中にある間にキック側の#75がキャッチ、そのままエンドゾーンに駆け込んだ。





#75がキャッチした時点でボールデッド、そこからキック側の第1ダウン、10yds。




【解説】


すでに本ブログのファンブルとマフの違いの項でも説明しましたが、キックオフを含むキッキングプレイでキック側がボールを持って前進できるのは一度レシーブ側がボールを確保した後にファンブルした場合のみです。上記の場合には「確保」しているわけではないので前進させることはできません。ちなみに「確保」とは、確実にボールを保持することですから、パントやキックオフのボールをレシーブ側がキャッチミスした場合にも「確保した」ことにはならず、タッチもしくはマフしている状態ということになります。




【ケース2】


キックオフされたボールをキャッチした#80がリターン中にこのボールをファンブルした。チャージしていたキック側の#65がこのボールを拾い上げ、そのままエンドゾーンに駆け込んだ。





プレイの結果(タッチダウン)が成立します。



【解説】


ケース1とは違う部分にお気づきでしょうか?この場合には#80が一度キャッチしてボールを「確保」した状況を経てのファンブル、リカバー、タッチダウンということです。用語の解説としては「リカバー」とはグランドに転がっているボールを押さえることだけを指すのではなく、ボールを再確保することもリカバーと呼びます。



これ以外にもルールの解説にいろいろ掲載しています。ご参照ください。




※ 本稿は東北審判委員会のご協力で作成いたしました。

ETCを搭載して帰省。本日は40秒計を東北で初めて使用する試合の審判として通常4時間かからない浦和-仙台間を念のため4時間半みて午前6時前に自宅を出発しました。実はこれが悲劇の始まりでした。
首都圏は別料金となっているETC割引ですが、午前6時までにETCを通過すると若干安くなります。我が家から浦和ICまではだいたい15分、出発したのが5時45分、国道122号線からICに進入した瞬間、某国営ラジオが6時の時報を流しました・・・・(ノ_・。)
不幸は続きます。とにかく車が多いのです。最寄りのICまでの所要時間表示には「宇都宮→2時間以上」の文字。埼玉-群馬県境を通過するのに1時間、宇都宮の手前で、あろうことか高速道路で完全に停止するという渋滞にはまってしまいました。
栃木のSAでモーニングコーヒーのお約束(?)もあったのですが、SAはどこも溢れるほどの車の列でした。確かに宇都宮ICを通過したのは午前8時半でしたので、表記は合っていました。
少し進んでは止まり、また少し進むの繰り返しで栃木-福島の県境に着いたのが、10時半を過ぎていました。ここでまた完全停車。気温は25度を超え、エアコンを入れずに窓を開けて走っていたのですが、のぼせてしまったのでしょうか、突然鼻の奥がツーンとして、鼻血が出てしまいました。審判のスタイルでいたため、下シャツの黒いTシャツに鼻血が飛び、一部は審判用のパンツにも着いてしまいました。那須ICの直前だったため、ここで一度高速を下り、試合会場に電話、「キックオフには間に合わないので代わりのメンバーでクルーを組んでください」と片方の鼻にティッシュを突っ込んだまま伝えました。40秒計や他のメカの確認のため、いつもより多めにメンバーがいたのは幸いでした。
白河ICで再び高速に乗り、最初の10キロほどは順調でしたが、再び断続的な渋滞に。福島県のほぼ中央、仙台までまだ150キロほどの郡山でついにキックオフの13時を回ってしまいました。
比較的空いていたPAでトイレを済ませ、飲み物を購入。女性用のトイレは長蛇の列となっていました。宮城に入り残り80キロとなったところで時刻は既に14時を回っていたので、再び会場に電話「間に合いそうにないので、このまま秋田に帰ります」と断りを入れました。せっかくの40秒計実践のチャンスだったのですが、残念でした。
その後も宮城県内は順調だったものの岩手に入ってまた渋滞・・・・結局秋田の自宅に着いたのが19時半。休憩を除いても13時間。運転は好きな方ですが、さすがに疲れました。恐るべしETC効果。審判生活30年で初めてのすっぽかしをしてしまった一日でした。