私が1年の春、雉達は30人以上の部員がいました。春のオープン戦が終わり、最後に紅白戦をやろうということになりました。なんせ当時の4年が1期なわけですから、OB戦をやろうにもOBがいないのです。

ラグビー部に交渉して朝霞のグランドを借り、2チームに分かれての練習を積み、当日を迎えました。もちろん1年ですから、他の誰よりも早くグランドに行き、ライン引きなどの雑用をしなければなりません。それでも先に購入した防具を始めて実践で着けられる喜びでみなうきうきしていました。私は白チーム、人数が合計で30人くらいですから当然両面です。HBとDBの兼任でした。


試合が始まってしばらくしても、お互い手の内がわかっているので得点をあげることができません。ようやく白チームがTDをあげ、TFP(当時は当然2ポイント)は私のカウンターでした。結果は・・・・・2ydsまではゲインできたのですが、あと一歩及ばず、TDの6点のみでした。


後半に入り、白チームの攻撃、ハドルで急造QBの#31I田さんのコールは「ノーマルTから左のスィープ」でした。私はリードブロッカーです。プレイが始まり、DEをブロックしようと向かっていくとI田さんの声が聞こえてきました。なんと「おい、ボール持て」。

ふと見るとフルバックとボールキャリアをやるはずのHBは右左を間違えて右オープンに展開しています。左オープンにいたのは私とQBのI田さんだけでした。しかもI田さんはディフェンスにタックルされそうになっており、私に声をかけているようでした。時間にすればほんのコンマ数秒のことだったのですが、I田さんの手からボールはピッチされ、私がキャッチ、左オープンを進むというプレイブックにないプレイが行われたのでした。


今でいう「リードオプション」なのですが、雉達としては初の試みでした。結果は3ydsほどのゲインにとどまったのですが、審判をされていた「5年」のA部さんが夏休み中にこのプレイを参考にして「ノーフェイクオプション」としてプレイブックに載ることになったのでした。


この年の最終戦で靭帯断裂となり、私はオフェンスではほとんど出場しなくなりました。もっぱらDBと練習時のQB、学連役のマネージャーとして残りの3年間を過ごしました。