老朽化により退役する南極観測船「しらせ」(11,600トン)が12日午前10時前、最後の航海を終え、東京・晴海埠頭(ふとう)に帰港した。1982年の就役以来、25回にわたり南極への航海を行ったしらせは、観測船としての役目を終えた。
しらせは昨年11月、同埠頭から出港し、12月に南極・昭和基地沖に到着。第49次観測隊(伊村智隊長)ら約50人を送り届け、物資の搬入などを行った。その後、今年2月に昭和基地沖を出発、日本に向け最後の航海を続けた。
午前11時前から船上で始まった帰国式典では赤星慶治海上幕僚長が「しらせ最後の大任を果たした。次期砕氷艦でも良き伝統を継承してほしい」と約170人の乗組員を前に、労をねぎらった。
しらせは、「宗谷」「ふじ」の後継として建造され、83年の第25次隊から南極観測協力を開始。現在、国が「国民の南極観測に対する理解増進に使う」ことを条件に売却先を募集中で、「第2の人生」は決まっていない。
船名の由来は秋田県南部の出身で、日本人初の南極観測をした白瀬中尉であることは、よく知られています。出身地であるにかほ市には記念館があり、小学校の社会科見学のコースにもなっています。ところが・・・
しらせの船名に由来する南極探検隊長白瀬矗(のぶ)の出身地・にかほ市は、維持費を理由に船体の保存は困難としている。ただ、スクラップになる場合は部品の一部を引き取る意向を示している。
地方自治体が財政厳しいのはわかりますし、維持費がかかるのもわかります。が、こんな重要な記念物を「一部だけ無償で譲り受ける」だけでいいんでしょうか?県や国も助成を嘆願するとか、県民に募金を募るとか考えるべきではありませんか?本当の意味で県民の文化財産になるものを見極める必要性を感じます。
しらせは昨年11月、同埠頭から出港し、12月に南極・昭和基地沖に到着。第49次観測隊(伊村智隊長)ら約50人を送り届け、物資の搬入などを行った。その後、今年2月に昭和基地沖を出発、日本に向け最後の航海を続けた。
午前11時前から船上で始まった帰国式典では赤星慶治海上幕僚長が「しらせ最後の大任を果たした。次期砕氷艦でも良き伝統を継承してほしい」と約170人の乗組員を前に、労をねぎらった。
しらせは、「宗谷」「ふじ」の後継として建造され、83年の第25次隊から南極観測協力を開始。現在、国が「国民の南極観測に対する理解増進に使う」ことを条件に売却先を募集中で、「第2の人生」は決まっていない。
船名の由来は秋田県南部の出身で、日本人初の南極観測をした白瀬中尉であることは、よく知られています。出身地であるにかほ市には記念館があり、小学校の社会科見学のコースにもなっています。ところが・・・
しらせの船名に由来する南極探検隊長白瀬矗(のぶ)の出身地・にかほ市は、維持費を理由に船体の保存は困難としている。ただ、スクラップになる場合は部品の一部を引き取る意向を示している。
地方自治体が財政厳しいのはわかりますし、維持費がかかるのもわかります。が、こんな重要な記念物を「一部だけ無償で譲り受ける」だけでいいんでしょうか?県や国も助成を嘆願するとか、県民に募金を募るとか考えるべきではありませんか?本当の意味で県民の文化財産になるものを見極める必要性を感じます。