関東学連に正式加盟した秋のリーグ戦は、予想通り全敗で最終戦を迎えました。相手はやはり全敗の「緑の怪物」大学。お互いに決め手を欠き、第4Qまで0-0。残り時間が気になりだした頃に、我がチームが先制しました。試合会場はT武線沿線の団地と国道に挟まれた大学グランド。当時はアメフトのゴールポストなどなく、PATは当然2ポイントです。これをかろうじて成功させ、後は守り切るだけ、という次のキックオフで、それは起こりました。



キッカーは同期のS。「電信柱」を「でんちゅうばしら」と読んだり、「発煙筒」を「はつえんづつとう」と読んだりする、少し日本語が不自由な男でした。(笑)

キックチームがアーミーハドルを組み、キッカーのSはレシーブチームに背中を向けて指示を出しました。「時間がないから、もう一回ボールを取ろう。右にチョン蹴り」

残り時間は4分を切っており(当時はラスト2分ではなく、ラスト4分でした)、敵も味方もショートキックはないものと思っていました。そういう意味ではSの戦法は間違っていなかったのです。

キックが蹴られました。キックチームは思いっきり右にダッシュします。ところがボールが飛んだコースは左でした。

キック地点の40yd(当時は35ydではありません)から10yd飛んだボールは、深く蹴られると思っていた「緑の怪物」チームのラインがびっくりしながらキャッチ、ただ一人左に向かって走っていたSがソロタックルしてボールデッドとなりました。



この試合は、うちの1年生DBが自陣ゴール前でインターフェアを犯し、TDを許しますが、PATを止めて8-6で勝利を得ました。試合後にSにあのキックのことを聞いたところ「ハドルで俺の位置ていう『右』って指示したんだよ」との返事でした。



それ以来、我が「雉達」チームではアーミーハドルは採用されていません。