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子どもの性格・人格形成について考えたことがありますか?

明るいとか暗いとか言われる性格ですが、生まれ持ったものという考えが普通です。


しかし、私は後天的要因のほうが性格や人格に大きく関わるのではないかと考えました。


そこで27年前、心理学からその答えを導き出そうと探して見つけたのがピアジェという先生でした。(1896-1980)


ピアジェは子供たちを見ていて、その発達に何かしらの流れみたいなものを見出し、そこから有名なピアジェの発達段階を生みだした人でした。


発達心理学はここから大きく飛躍しました。
それまで多くのお母さんが漠然と持っていた赤ちゃんの発達に対する知恵が検証され実証されました。




心理学では「人格 personality」、「性格 character」と捉える所から人格は「環境によって変わることがありえる」ととらえるのに対し、性格は「生得的で変えるのが難しいもの」というニュアンスがあるそうです。


1. この人格をさらに細かく見ると・・・遺伝的な「気質」

2.その上に発達によって獲得する「性格」

3.その上に仕事上のキャラクターなどの「社会的性格」


人格は環境との関係により作られ、変わる。

性格は生得的で変えにくい、ということになっています。

気質は、環境との相互作用の上に気質が成り立っている。

環境との相互作用の上に気質が成り立っており
生得的特徴 x 環境要因 = 性格 という説は興味深いとです。






以上、難しい話でごめんなさい。<(_ _)>






気質は遺伝や土地柄に左右されるのではないかと思います。

海辺に生まれた子と山間部で生まれた子は、そこに吹く風が違いますし、匂いも食べ物も違います。周りの大人の気質も違いますから当然のようにその土地柄に則した雰囲気になることは想像できますよね。


でも、同じ土地に生まれ同じ親のもとに生まれた子でも性格は違います。


短気な子もいれば、おっとりした子もいます。

叱られて萎む子もいれば、反発する子もいます。



これが、生まれた環境や時によって違ってくる性格ですね。


季節や血液型でも違いますし、長男・長女、真中子、末っ子、一人っ子でも違います。


親の経済状態の違いも反映されますし、親の経験値でも違った性格の子に成長します。







ならば、その資質に作用する環境として、親と子の関わり方も環境として捉えることができるのではないか。


親がおっとり接していればその影響を多少なりとも子どもは受け。


親が音楽を聴くことが趣味ならば、その環境下で育つ子は否が応でも音楽を聞きながら育ち、音感や聴覚を発達させる。



演歌好きの親の元で演歌を聴きながら育った子と、ビートルズを聴きながら育った子は何処となくセンスが違うという風に。



そうやって性格は形成されていく。



優しく愛されて育った子は優しく愛することを肌で覚え、そのように子を愛する人になる。



愛されずに育った子は、愛し方が分からず不器用になる。また、何らかの作用や要因でもそれは起こりうることです。


それを救う手立てが人格です。

「人格は環境との関係により作られ、変わる。」




そこで思いますことは、親の姿勢です。


どんな環境下であっても、親が毅然と家族(子ども)を守る姿勢を貫く姿を見て子供は育ちます。



親を信頼し安定した心理状態で育つ子どもは、性格形成・人格形成がスムーズに進みやすいのではないかと思うのです。


そして、どう人格形成を行えば自分にとってベストかを掴むことができるのではなか。または、自然とその方向へ無意識に進む。





性格形成や人格形成に家族や環境が全てではないが大きく関与することを思えば、子どもへの接し方も少し違ってくるかもしれません。
素直さは子どもが成長するに当たって一番気をつけたい事だと思っています。

スポーツの方もよく言われますね。素直じゃなくちゃ伸びないって。
勉学でもおなじです。社会人になってからも素直な新人は可愛がられますし、吸収も早いです。

この素直さで重要なのが、叱ること怒ること

昔の人(大正・昭和1桁)から注意されたことでは

「子どもが危険な事、悪いことをして叱る時は『叩け』。『つねる』と根性が曲がるぞ」 と言われました。


何となく分かるような気がします。


つねられると痛みがジワーと長引いて尾を引く感じがします。

叩かれたらビックリして痛みは一瞬という感じですね。



子どもが小さいとき、一緒に遊ばせている最中でした。

上のお子さんが学校から帰ってきて大人の話の輪に加わり、お母さんの気に触ることをつい言ってしまったんですね。


その子の様子が急に変わったので、フッと目を落とすと・・・

お母さんがその子の手の甲を摘まみあげていました。聯


お母さんが平然とした顔で子どもを嬲る(なぶる)神経にゾッとしました。








幼児虐待などということがマスコミを賑わせますが、親にとって子どもは天使である場合もあれば、悪魔かと思うことも有ります。




私は体罰を持って子どもを躾けようとしたことはありません。


子どもでも、生まれた時から人間としてのプライドと尊厳・人格を持っていると感じています。



正面から向き合い、相手を尊重する気持ちと態度を持ちたいと思って子育てをしてきました。

とても立派に聞こえるかもしれませんが、花にも鳥にもましてや動物に対して持っている人の気持ちは本来そうでしょう?


それなのに、我子となると感情的になってしまう。嶺



幼児虐待をする親は、自分の感情の捌け口として子どもをサウドバックのように思い、感情を爆発させているわけですよね。

感情を爆発させる行為として子どもに当たり散らし、鬼の形相で怒るというのもあります。



子どものちょっとした失敗をきっかけに自分のフラストレーションを爆発させる。
自分の感情をコントロールできない親。


幼児虐待にまではいかない。でも大きい小さい、何処でブレーキがかかるかの違いと言ってしまっては実も蓋も無いですか?


その時の子どもの気持ち思いやってみたことありますか?


恐い、痛い、何かよく分からんけど謝ろう。



怒られるとはそういうことです。

子どもには何がなんだか分からない。伝わるのは親の感情だけ。



上手に叱ってやってください。叱るとは諭すことだと私は思ってきました。


自分の感情はグッと抑えて、冷静に叱るように努めてみるだけで親子関係がグッと良くなりますよ。秊



どなたかのエッセーに母に叱られた時、
母が言っていることは面倒くさい!と思った。しかしその母の目に涙が浮かんでいる様を見て、この母を泣かしている自分は悪い奴やと思った。この母を泣かしたらいかんなぁと思い改心した。

というのがありました。

親子って意外と厄介な関係ですね。
こんな時期に受験?

夏休み明け、受験のスランプに見舞われた様子を書いていらっしゃるブログを読んで、もう一度考えてみようと思った次第です。嶺


意外に多くの親御さんがこの時期悩んでいらっしゃるようです。




以前、このブログでもそれらの経験を書きました。

お受験とwin
難しい年頃中学生
品格・本質とは
賢い犬猫子供の育て方5
つき 努力の才能 個性とは
菊とタンポポ



先日のカンブリア宮殿で孫さん
『記憶重視の教育から思考重視の教育に移行せんといかんです。』


と言っておられました。全く同感です。






manmaが思うに、人には蓄積型の頭(現指導方法)と把握型の頭が有りそうだ・・・うちの子はどうも、全体把握型だな。



これを説明するのはとても厄介なので、簡単に説明します(manma説です)
全体把握型
歴史なら、人類誕生から現在までの流れを大まかに掴んでから、細部の理解に進みます。
語学などは分からないまま読み書き聞くを続けていると、急に語学がスイスイ入って来るようになるというタイプです。
古典などはイメージが漢字から何となく伝わって読めてしまうタイプ。
数学は、何となくイメージが浮かび、思考しながら解いてゆくタイプです。(勿論、基礎学習は必須です)


蓄積型というのは、1+1=2 あいうえお ABC と教えられたことを蓄積してゆき、それらを応用する力を付け、パターンを学び回答・解決能力を付けてゆくタイプです。





子供がどのタイプかを掴んでおいた方が勉強の仕方を選ぶ時とても便利です。





蓄積型は記憶力が鍵です。
読み書きそろばん・くもん式学習方法です。毎日の努力が実を結ぶと考えられています。

この方法だと定期試験は良いのに実力試験で下がるというタイプが多くなります。
どうしても、能力的に小さくまとまり、広がりに欠ける面があります。

蛇足になりますが、把握型は全体把握が出来ないとスタートラインに立てないためスロースターターになりますし、独自の学習方法が必要になります。大雑把に終わる可能性もあります。




蓄積型が批判され続けている理由の一つに詰め込み教育の弊害があります。

人にはキャパシティというものがあり、一度に多くを詰め込みすぎれば生地がボロボロになるか破れるかしますし、ロボットやPCじゃないんですから覚えるばかりじゃ面白くないですよね。嶺



又、記憶の訓練ばかりしていては思考力が伸びないという欠点も指摘されています。







manmaが読んでいるブログのお子さんは

「もう勉強なんか嫌だ」
「偏差値の高い高校にも行きたくない」
「将来のことはその時考えて努力する」

と言い出したんだそうです。


今まで成績優秀できたお子さんだけに、親御さんはとてもショックのようです。嶺




高校や大学でレベル分けされるということは
記憶頼りの知性思考力本位の知性に分けられるということだとも言えそうに思います。


高校受験とはそういうことなんだと過ぎてから思い当たります。



難関私立から旧帝大大学院そして国家公務員Ⅰ種と進んだ場合は、この記憶力頼りの勉強に悩まされずにすみました。
記憶力で劣る子には不利です。
思考力や判断力を問われる学校を選んだほうが有利です。




本人もレベル落としたほうが難しいと言っていました。


そして、決定的だったのが話し相手になる友人のタイプが思考型の方が楽しいということでした。
知的会話というのは得がたいですからね。(*゚▽゚*)
情報の受け売りに終始する会話は深まらないです。












学校とは学び方(勉強方法)を学ぶ所だといつか読んだことがあります。



問題の答えは参考書やPCや先生に聞けば教えてくれます。

親や教師はその子に合う勉強法を導き出してやる事が大切なんですね。







塾を選ぶ際のポイントは、「この教師はこの子の能力をちゃんと見抜いているか」です。



能力も見抜けないで、知識を押し込められて知識の消化不良を起こした子どもを攻め立てるような教師を信じては子どもが可愛そうですものね。



優秀な先生はその辺の力が鋭いです。

うちの場合、中学校の先生に睨まれていて公立トップ校の内申は望めませんでしたし、難関私立の受験勉強妨害もされて酷い目にあいました。
三年生の6月に塾の門を叩き、能力を見て7ヶ月間でスゴイ指導をしてくれました。本当に一か八かの大勝負でした。(笑)


中学校の三年の教師というのはそりゃ酷いもんです。練

内申をちらつかせて親や子がへいこらするのを、あざ笑っているとしか思えませんでした。


そんな社会の縮図を見て、失望しない子供のほうが薄気味悪いです。


でも、それで萎えたんじゃ負けです。

あの頃、そんな話を子どもとよくしました。

あんな人間の姿もよーく見て、あーはなりたくないと思ったら勝って鼻を明かしてやろうぜ!!


なんてね。d(@^∇゚)/ファイトッ♪






今後、教育方法は変わると思います。求められるのはパターンやマニュアルで動かされる人ではなく、動かす側の人だと思います。





この変動期、古い教育方法からわが子を守り、いち早く動かす側の人に育て、社会に送り出す。



その方法は簡単です。
脳がオーバーヒートしないように見守るだけです。きっと若い命の炎が伸び伸び活き活きとした輝きを見せてくれます。





それが今社会が求める希望だとも思うんですよ。