広島の原爆 | やりたいように!

広島の原爆

さてさて、8月に突入しそろそろ夏らしくなってくるのかな!?



今週の土曜日から広島に行きます。

6日の原爆の日に平和記念公園で黙祷してきます。



というのも、今年が20代最後の年になる俺は、今のうちに日本の根底にある

出来事を少し真剣に見なきゃいけないなと思ったからです。



で、何で広島かというと、まだ一度も行ったことがないということと、

昨年、亡くなった知り合いのおじいちゃんが被爆者で、当時の話しを

聞いているうちに、ちゃんと見なきゃダメだと思ったからです。



今、28歳で年齢の割には色々な方に会わせて頂いて、

その場所場所で「若いね」と声を掛けてもらいます。

25歳、26歳の時は、その言葉が嫌で嫌で仕方なかったけど、

最近では褒め言葉だと思えるようになってきました。

そうしたら、それは逆に自分にも驕りが出るらしく、

「まだ何年ある・・・」とか「ここまで持って来れたら、まあ合格でしょ」

みたいな、訳の分からない慰めみたいなことを自分に言うようになりました。



これってクソでしょ!?って自分でも本気で思う。



本当に28歳が若いか?って考えると、そんなのはこの20年、30年の話しで

明治維新においては20代半ばで、多くの人が国のことを考えて行動し、

亡くなったりしたわけで、こと最近の第二次世界大戦においても今の

自分より若い人達が色々なことを思って戦地に赴いていった。



それが、ほんの70年足らず前の話し・・・



で、ちゃんと考えてみた。

それこそ、15や16歳の子達が国か家族かの犠牲になったんです。

やりたいこともやれずに時代背景が悪かったばかりに

亡くなった人がいるんです。

それが自分より若い人達によるものだとすると、

今の自分はかなり甘いと思うわけです。



何でもできるのにやらないってのは、本当に無駄にしていると思う。



それなりに同世代よりはやっているのかも知れないけど

だからって、この辺でいいだろ!?的な考えや妥協も自分自身としては

許せないものがある。


生き方どころか、死に方まで決められた時代があって

犠牲になった人達がいて、その上に今の自分があるなら

もっともっと、頑張んなきゃって思うんです。



だから今年、広島に行って少し考えてみようと思います。




亡くなった、おじいちゃんとはたくさん話したことがあるわけじゃ

ないけれど、凄く好きだった。

おじいちゃんは、原爆投下の日、呉港にいたそうです。

8月7日に人間魚雷に搭乗する予定だったそうです。


原爆が投下されたため人間魚雷には乗らなくてよくなりましたが、

受けた傷は心身ともにとてつもないものだったと思います。


亡くなる1年前、「俺はもう十分生きた。」

と言った言葉が凄く印象に残ってます。

そう言える生き方をできるよう、頑張ろう。。。