はじめに言っておきますが、日記を書くのは5年ぶりです。

 

昨日、映画館に行く前に少し時間ができたので本屋に立ち寄った。話題書のコーナー(僕はここでしか基本、本を買わないのだが)で朝井リョウさんの「時をかけるゆとり」というエッセイ本を見かけて、それを手にレジに並んだ。

 

今日、仕事も休みで天気も芳しくなかったので、昨日買ったこの本を読んでいた。筆者の大学時代のお話で、僕も経験した思い返してみると恥ずかしくも暖かくなるようなことが書いてあった。

 

それに感化されたというか、懐かしい気持ちになって(大学を卒業してまだ半年しか経っていないのだけれども)、前にブログを書いていたことを思いだした。

就職を機に買った10万近くするハイスペックノートPC(買うときにはかなり拘ったんだが、実はこれまで数回した使ったことはない。。。)を立ち上げ、アカウント名・パスワードをうろ覚えのまま入力しすると最終更新履歴が五年前のこのブログにたどり着いた。

 

まず目に飛び込んできたのは、元カノと別れた日の記事。トラウマがフラッシュバックしてきそうなのと、あの頃の自分のメンヘラモードが気持ち悪かったこととを思い出して、開くのを多少躊躇したが、好奇心が勝りページを開いた。

 

元カノと別れた経緯が生生しく事細かに説明されており、思わず目を背けたくなるような内容だった。

元カノへの未練たらたらながらも締めには、「だから恋愛って良いなって思います。」とか書いてあるのを見ると、もう無理するな!これ以上傷口を広げる前に寝ろ!と声をかけたくなった。

今となっては記憶も薄れそんなこともあったなというくらいの事だけれども、当時の僕にとっては人生を変えるくらいの出来事だったのだろう。

あれから五年、デートをしたり、それなりに好きになった女性はできたがあの時のような情熱的な恋愛ではないし、あれほどまで苦しんだことはない。

別れるという経験は、大人になるためのイニシエーション(通過儀礼)だったのだろう。(某有名小説の一文にこんなのあった気がするけど)

 

少しだけ大人になった僕は過去の自分を見て可愛く思える。

 

この日記をまた数年後見て、何をこの若造は人生を分かったような気でいるのかと、振り返るんだろうな。

 

そんなことを思いながら、別れた夜。泣きながら飲んだバーボンではなく、健康を気にして野菜ジュースを飲んでいる。