公害とは、経済合理性の追求を目的とした社会・経済活動によって、環境が破壊されることにより生じる社会的災害である。
日本において、公害という語がいつ頃から使われるようになったのかは定かではないが、明治10年代の大阪府による大気汚染規制の府令や明治29年の河川法には公害という語が見られる[7]。しかしながら明治期においては、この公害という語は、公利、公益の反対の意味で使われていたものであった[7]。大正期には今日でいう公害と同じく、公衆衛生への害を表す語となっているが、一般に普及している辞典等には昭和30年代末頃まで公害という語は登場しなかった。1950年代から1960年代にかけて工場などの生産性向上に伴い、工場周辺の住民などの多くの人が有害物質に晒されるようになった[8]。この時期に発生した水俣病や四日市喘息などの公害病により国民が危機感を抱くようになると、1967年には公害対策基本法が公布・施行された。
日本においては、法の整備、環境省や公害等調整委員会といった国の行政機関の取組み、企業の自主的な努力などにより、高度経済成長期の1950年代から1960年代に表面化した、四大公害病のような大規模な公害が発生することは少なくなってきている。その一方で、急速な経済成長が始まった中華人民共和国、インドなどでは、かつて、日本で起きたような大規模公害が発生し、社会問題となっている状況である。