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★art.and.psychology(アリスリナ)★

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アメブロの皆様
いかがお過ごしでしょうか?✨
本日あたしは
ツイッターエックスのつぶやきで
荒ぶる心意気を錯乱気味に
つぶやいてあそびました🌟
断片的な怪しげなつぶやきが並び
読む人々を大変驚かせそうな
はげしい内容でしたが😆
あまり表示されていなかったので
恥ずかしくなかったです(;^ω^)

こちらがその
あらぶりツイートの数々
👇

法律家でない人が 君は絵描きに向ていない。
 やめたほうがいい。と言ってきたら。。。 
うむ。。。なんだかな。。
もにょもにょ。。 。。で終わるけれど 
 人格権とその扱いを完全網羅している
法律の専門家に 同じことをゆわれたら 
あたしは烈火のごとく怒る。

法律家ではなくて美術の講師の場合は 
構成要件的故意は肯定され得るが、
責任故意は否定され、
最終的には過失責任にまとまる。?かな。

ぐぐったら 相手のため
自分のためのところは立証しにくいし 
こじれやすいから 淡々と事実を
並べてとか書いてあったべ

批判に対して苦言を
呈しておるのではない!
その文言の心意気! いわゆる 
動機は何ぞや といふことを 
とおておるのじゃ!

もっとも日常会話一般レベルの
会話等の話ではなく、
人格障害等における
社会通念上許されるべき状態を
超える状態の考察を述べておる。侍!

人格やその人生背景すべてを
含めた総合的な考察の話。

以上
本日のアラブリツイートより



といふのも👥
最近のやつは
批判されたらすぐに😆
逆上しよるのではなかろうか😁
というつぶやきを見つけて
思わず反応しそうになりましたが✨
あまりダルがらみ➿
するのも変ですし

よくないので😆
自分のスレッドで自己完結で
遊んでいたのですが🤹

もう少しわかりやすく
表現してみようと思います💃💮


(読み手に伝わりやすい形)

ある人から

「君は絵描きに向いていない。

やめたほうがいい」と言われたとする。

それが法律家でも専門家でもない
人の言葉なら、

私は「うむ……なんだかな……」

と、もにょもにょした

気持ちで終えるでしょう
基本ふわっとスルーです🦷

しかし、人格権やその扱いを
体系的に理解している法律の専門家が
同じ言葉を投げかけてきたなら
私は少し疑問を持つかもしれません🌼

なぜなら、その言葉は単なる
評価や助言ではなく
人格そのものに踏み込む
💮動機💮を帯びているからです🤗

美術の講師が同じ発言をした場合
法律的な見方のひとつとしては

調べてみると㊗️


構成要件的故意は肯定され得るが
責任故意は否定され
最終的には過失責任に
落ち着く

みたいなことが

書かれていました🤗

つまり、専門家としての
評価行為の範囲に留まるため
法的には「故意による人格権侵害」
とまでは言えない。

とか何とかみたいです🚴

ネットで調べると
「相手のため」「自分のため」といった
動機の立証は難しく
こじれやすいので
淡々と事実を並べるべきだ

と書かれていて
なるほどと驚きました💃

けれど、私がとくに

注目問題にしているのは
批判そのものではない感じです🌼

その言葉に込められた“心意気”
すなわち 動機は何か

が気になります🦄

ここで述べているのは
日常会話の軽いやり取りを
きにしているのではなく


継続的な会話の中で積み重なっていく
違和感から派生し


「この人はなぜこういう言葉を選ぶのか」
「その人格構造はどうなっているのか」
という

 

相手の人格そのものに対する問いや
考察のほうがどちらかといえば気になる

と主張しています

それは、単なる発言の表面を問題にしているのではなく、 その言葉が生まれる背景――人格、価値観、人生経験、心理的傾向―― すべてを含めた総合的な評価の問題のはなしです🦊

 

 

………………

先日は巷では司法試験があったらしく

凄まじい様子に

ただただ驚いておりました😱💦

良き戦いもあったようで

感慨深いものがありました🏋️

最後までお読みいただき

ありがとうございます🌟



✦補足:論旨の整理ポイント
誰が言ったかによって意味が変わる

 一般人の発言 → 感情的反応で終わる 

法律家の発言 → 人格権の理解を前提とした「意図ある言葉」として重く受け止める 

美術講師の発言 → 専門的評価として

過失レベルに整理できる

問題にしているのは「批判」ではなく「動機」 発言の背後にある心理・意図・人格的背景を読み解くことが主題。

対象は日常会話ではなく 人格障害など、通常のコミュニケーションとは異なる人格全体領域の話。