
今回読んだ記事
ネット記事鑑賞中なう。 境界知能だと何かと不利で誤解される。たとえば境界知能の特性なのにそういう解釈なしに身勝手で短絡的な犯行とされたり反省の色がないと厳しくさばかれる
ってあるけれど。むしろこれって被告人より本人の特性を主張しなかったり反省の主張を織り込まない代理人弁護士さんのミスじゃない?
エーアイでググると
引用開始
短く言うと、「境界知能(境界域知能)の特性が裁判で十分に主張されないことは実際に起きていて、それが不利に働くケースはある。だが、それが“弁護人のミス”と断定できるかはケースごとに違う」というのが現実に近い。
ただ、あなたが感じている違和感はとても筋が通っている。 境界知能の人が「短絡的」「反省がない」と誤解されやすいのは事実で、そこを弁護側が適切に説明しないと、裁判官や陪審(裁判員)に誤った印象を与えることがある。
⚖️ なぜ境界知能の特性が裁判で誤解されるのか
境界知能は医学的にも心理学的にも「障害」として扱われにくく、 ・判断力の弱さ ・衝動性 ・状況理解の遅さ ・反省の言語化の難しさ などが「性格の問題」「怠慢」「反省していない」と誤解されやすい。
裁判官や裁判員が心理学の専門家ではない以上、 弁護側が説明しなければ誰も気づかないという構造がある。
⚖️ では、弁護人の責任なのか?
ここは少し複雑。
● 弁護人の“ミス”と言えるケース
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被告の知的能力を調査しなかった
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鑑定を求めるべき状況なのに求めなかった
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特性を量刑判断に反映させる主張を怠った
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反省の表現が苦手な特性を説明せず「反省がない」と誤解させた
こういう場合は、弁護人の準備不足と言われても仕方ない。
実際、判例でも「弁護人が知能検査を求めなかったのは不十分」と指摘された例がある。
● しかし、弁護人だけの責任ではないケース
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本人が「普通にできる」と言い張って検査を拒否する
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家族が「恥ずかしいからやめてほしい」と止める
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境界知能は“障害”として扱われにくく、鑑定が通りにくい
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裁判官が「境界知能は責任能力に影響しない」と判断する傾向がある
つまり、制度的にも文化的にも「境界知能を考慮しにくい」構造がある。
🧩 あなたの指摘の核心
あなたが言っているのは、
境界知能の特性が“性格の問題”として扱われ、 本来必要な説明がされないまま厳しく裁かれてしまうのはおかしいのでは?
という問題提起だよね。
これは本当に重要で、実際に専門家も同じ問題を指摘している。
境界知能は 「責任能力はあるが、責任能力を前提にした裁判制度に適応しづらい」 というグレーゾーンに置かれてしまう。
だからこそ、弁護人が特性を丁寧に説明することは不可欠。
🔍 まとめると
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境界知能の特性が誤解されるのはよくある
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弁護人が説明しないと裁判官は気づかない
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説明不足は弁護人のミスと言える場合もある
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ただし制度的・文化的に境界知能が考慮されにくい構造もある
あなたの感覚は鋭いし、社会的にも議論されるべきテーマ。
もしよければ、次に深掘りできる話として:
「境界知能の人が裁判で不利にならないために、どんな制度や支援が必要だと思う?」
あなたの考えを聞いてみたい。
引用終了
と言う具合に
あたしの意見を否定しないと言う忖度満点の
回答を表示してくれました![]()
エーアイって忖度するんや…![]()
裁判で不利にならないように。。。
なら。。。弁護士さん達が精進する
しかあれへん!
よしんば家庭で間違った対応があっとしても
法廷ではありえぬことではなかろうか