「私は治療中に精神的な動揺を感じることがしばしばあった。
私たちはお互いがよく見えるように鏡の前で治療を行ってみた。
しかし、感情的に鏡の中の自分の身体イメージを受け入れることがことができなかった。それは、私自身の身体イメージに合わなかったのである。
私は見慣れない鏡像が行う不慣れな運動を、受け入れることも、使うこともできなかった。」
Regi Boehmeさんの治療者としてではなく、患者の立場として書き記した一文から、いろいろなことを読み取って、自分の判断材料にしているわけですが、この文章はなかなか厄介なことのように感じます。
Regiさんは、「鏡の中の自分」と「実際に感じている自分」にギャップがあるといっているものと思われます。
それは、単純に姿勢がよくなったとか、足がきちんと床についているとか、そのような物理的な変化もあるのでしょうが、もっと、人間の自分自身の身体の感覚と環境への依存、という側面を表しているように感じるのです。
WillLaboにおいでになる方で、治療後に「(手や足が)軽くなっちゃって、自分のカラダじゃないみたい」、とおっしゃる方がいらっしゃいます。
さりとて、それで動けなくなるかというと、若干のぎこちなさは残りますが軽く歩けることを喜んでいただいているのですが、Regiさんの場合、おそらく、子供の頃から“いい姿勢”を体験したことがなかったのではないか?と考えられるのです。
一度も体験したことがなければ、「これがいい姿勢です」といわれたところで、動けないのは当たり前のようにも感じます
また、人間は2本足で歩くことが特徴ですから、“空間で動く”為には、2本足で立って身体を支える、から、1本足で立って体の重さを移動方向に傾ける、ことができる必要があります。
足の裏で床(あるいは地面)からの体重に見合った反力を受け止め、その反力を基に骨盤を介して体を支え、腕や頭が自由に動ける範囲を保証しながら、“身体”が空間を動くわけです。
この状態を達成しようとしたときに、見た目は真直ぐよくなった、姿勢は整った、としても、感覚的に体が支えられていない、身体の状態を保持するために、首や肩に力を入れていなければならないとしたら、とても動けるようには感じないでしょう。
子供の頃から、違うやり方で、身体を支えていたとしたら、手術で治された身体になれることにも多くに時間が必要だと思うのです。
セラピストとして、患者さんから時間をかけていろいろはお話を聞きますが、これは、「今、目の前にいる方が、どのような経緯でこの状態になったかを知る」ためです。
どうしても、見た目の状況をよくしようとしてしまうきらいが、セラピストにはありますが、出来るだけ時間をかけて、ひも解いてゆく過程も大事だと思っています。
そうはいっても、「医療現場では、そんな時間はないよ」、って言われそうですが…。
WillLaboは、東京の墨田区両国にあるリハビリスタジオです。
片麻痺の方や変形性股関節症の方、そのほか身体の障害がある方の自費診療を行っています。
お身体のことでお悩みのことがあればどうぞ一度ご相談ください。