僕の存在は嘘である。

どこからどこまでが嘘かって徹頭徹尾全部嘘。

現実にいる自分さえも勿論のことながら嘘だ。

では本物は何処にいるのかって、鏡の中だ。

"鏡の中にいる"事は分かるけど、見つけることは出来ない。

まぁ要するに、僕は結構適当喋ってるから君も適当に聞いてくれてればいい。

色んな風を僕は吹かせてきただけで、別に風に乗ろうとなんて考えもしなかった。

ただ何となく、気持ちの悪い風に乗りたくなくて逆風をふかせてみたかったって感じ。

紛れもない愉快犯だね、僕は。

けれど、風を吹かせる事が愉快であることを僕は知っているし、其の極地は至福以外の何物でもないと知っているから今後も僕は僕を続ける。

では、何故かって話。

何で唐突にこんなネタ晴らしみたいな展開になっているのかってメタ的な質問には、またメタな質問で返すと此れもまた・・・ってなるね。

ではその風を起こす理由は他人にあったのかっていうとそうでもない。

他人が僕の風に便乗しようがしまいが、結果はどうだっていい。

起こすことを繰り返す事に意味があるんだよね。

結局、どんな境地だって止まっていることに愉快さってないんだよね。

ファーストウィンドの次にセカンドウィンドがあって、セカンドウィンドに達するまでにデッドラインが存在して~って話。

聞いたことあるかな。

ランナーズハイって言葉ならわかるかな。辛くてもやり続けてれば凄く楽しく思える境地になれる~みたいなやつ。

所謂ランナーズハイっていうのがサードウィンドにあたる部分の話なんだ。

初めにやろう!つまりは、走り始めた時がファーストウィンドにあたって、疲れ始めて止めようかとか諦めようかって思う時これがデッドライン。けど其れも乗り越えると、次第に其の痛みに慣れてきて快適になる。これがセカンドウィンド。

また疲れ始めるけど、其れでも走り続けたものにはサードウィンド、ランナーズハイってご褒美が待ってるんだ。

馬鹿みたいでしょ、やめればいいのに。

みんな次第にそう考えちゃうみたいで、他人が起こす風に煽られるのを待ち始めるんだ。

「面白い人いないかな。」とか「面白い事ないかな。」の状態。

そんな状態がずるずると長引けば、色んな汚い風に曝されまくって次第に煽られるのを拒むようになる。

要するに変化を嫌い始めるんだ。

愚かだよね。

ゆでガエル理論のように、気づく前に死んでしまうから自分の変化には敏感でなきゃ愉快な人生は送れない。

また、裁量権の有無も大事だね。自ら進んでこれを選択している、とかって意識がないとランナーズハイには到達しにくいんだってさ。

要するに考える事を放棄して誰かの流れに身を任せる人間は、愉快にはなれないんだよ。

僕が偽物と呼んでいる人間が此れに該当する。

勿論、見下しているわけではないけど愉快じゃない人って面白くないんだよ。端的に。

僕にとって面白さって一番大事だから、面白い人が真で面白くない人が偽って話。

まーけど、言葉で遊ぶほど本気でそんな事考えちゃいないからどうでもいいんだけどね。

ただまー面白い人が、面白くない人達にリンチされてたりするのを見ると思わず笑ってしまうよね。

弱いから殴るんだもんね。認めたくないから拒むんだもんね。本当にダサすぎて反吐が出ちゃう。

社会に出てからもその図式は変わってなかったよ。

まー社会何て結局のところ何処にもないんだけどね。

 

緩やかに脱線してたから話を戻すけど、終点は「君への啓発」にないからね。

僕に何か激励されることを期待していたのなら先に詫びておくよ。

だから風に乗れとか風を起こせとかそういう事が言いたいわけではないんだ。

だって、愉快だから何?って噺じゃん。

そう人は個人によってスコアつまりは点数表が様々だからさ「愛」が一位っていう人もいれば「金」が一位っていう人もいるわけじゃない。

だから、そんな憂いすらも「愛」の前には愛を耕してくれるスパイスにだってなりうるし「金」の前には対価となる訳じゃん。

従って、僕から偽物呼ばわりされるだけで別にどうってことは全くないんだ。

「人生楽しくなきゃならない」、なんて窮屈すぎるでしょ。

故に、僕はスコアに嘘をつかない生き方を推奨しているんだ。

例えばさ、さっき言ってた「楽しいことないかなー」って他人に期待している人間って結局「楽しさ」がスコア上位にある訳じゃん。

だったら自分で風起こして愉しめばいいだろって思っちゃうんだよな。

自分に自信がないとか、失敗が怖いとか知らないけど、ミラーリングによって刹那的に得る事の出来る楽しさってのは儚いもんだ。

ライブ中は、其のアーティストに夢中になってるのに一日経てばいつもの自分へと戻ってる、そんな感覚だ。

「だから、自分も頑張ろう」って其のアーティストの言葉を心で理解して自らのスコアに反映させるのは悪くないと思うがね。

 

人それぞれ色んなスコアを持つことを仮にも許されている時代に生きているのだから(一部を除く)、"自分が何を大事にしたいか"だけは決めておいてもいいと思いますよ。結局スコアは持っていないつもりでも常に持ち歩いているモノですからね。

 

だから、次は君が風を起こす番ですよ。