いやー、おはよう。

FW30です。よろしく哀愁。


今日も相変わらず雨。いつも雨。

夕方くらいには止むとサムが言っていたが本当だろうか・・


さて、今週末、どうやら一貴は日本へ行くらしい。


なんでもトヨタのイベントに呼ばれてるとか呼ばれていないとか・・

どうせ端役だろ?


ちょっとトヨタのイベントをググってみた。


■TMSF2008-TOYOTA MOTORSPORTS FESTIVAL 2008

http://www.tmsf.jp/index.html


どうやら11/23に富士スピードウェイでトークショーに出るようだ。

んーFW30は富士スピードウェイでイイ思い出作れなかったからなぁ・・


出る時間は・・プッ

20分のトークショーに4人のF1ドライバーか。ソロじゃないんだな(笑

ヤルノ・トゥルーリ、ティモ・グロック、小林可夢偉、と、中嶋一貴か・・


ん?

ググっていたら他のイベントもあるようだ。


■プレミアム昼食会

http://attwilliams.jp/


こっちはモバイルサイトオンリーのようだ・・どれどれ・・

!!

これは・・Williamsの日本公式サイトではないか(汗

そんなのがあったとは・・

Williamsはそんなに日本では歓迎されているのか!?

williamsF1
QRコードなるものを用意してみた。

どうやらこのイベントは、中嶋一貴がメインのイベントらしい。

11/24に約2時間も!?


むむ。生意気な。


昼メシ+写真撮影やサインが貰えるようだ。

サインはいらないが、昼メシは食べたいかもな。


Williams F1の顔を汚さないように帰ってくることを願おうか・・


新たに発見した公式サイトを今度はのぞいてみよう。

暇なときに。


相変わらず天気が良くないなイギリスは。。


年中くもりな気がする・・

日本にある梅雨も嫌だな。


晴れが多い国に行きたいものだ。Williamsはイギリスから動かないのかな?


さて、中嶋一貴のことはみんなにも知ってもらえたと思うので、今日は同じWilliamsF1のチームメイトでもあり、よきライバル、ニヒルで有名なニコ・ロズベルグ」について紹介だ!


ニコ・ロズベルグは、中嶋一貴より先にWilliamsF1でF1ドライバーという激務をこなす、いわゆる先輩にあたる存在。


さてそんなニコのプロフィールを紹介していこう。


■名前
Nico Rosberg
ニコ・ロズベルグ
■生年月日
1985/6/27
■国籍
ドイツ
■住まい
モナコ
■未婚・既婚
未婚
■身長
178cm
■体重
73kg
■趣味
サッカー・ロッククライミング・バックギャモン
■F1戦績
F1デビュー戦 : 2006年バーレーンGP
出走回数 : 53回
■レース戦歴
1996年 コートダジュール地方ミニカート チャンピオン
1997年 フランスミニカート チャンピオン
1998年 北米ICAジュニアカート チャンピオン
1999年 ICAイタリアジュニアカート選手権2位、ICAヨーロッパジュニアカート選手権4位
2000年 ヨーロッパカート選手権FAクラス 2位
2001年 世界カート選手権スーパーAクラス
2002年 フォーミュラBMW ADAC チャンピオン、9勝
2003年 F3ユーロシリーズ ルーキー部門2位、1勝
2004年 F3ユーロシリーズ 総合4位、3勝
2005年 ARTグランプリチームでGP2シリーズに優勝、ウィリアムズF1チーム公式テストドライバー
2006年 FIA F1世界選手権(ウィリアムズF1チーム)
2007年 FIA F1世界選手権(AT&Tウィリアムズ)
2008年 FIA F1世界選手権(AT&Tウィリアムズ)


とまぁこんなカンジ。


ニコはいつも走り終わるとボクをおいてどっか行っちゃうからなぁ~


案外暗いヤツかも。


今日も朝から冷え込むな・・

外気は4℃クラウディ・・ サブっ


車に乗るときってエンジン付けてエアコン全開で

暖めてから乗るよね?


え?FW30 には関係ない?

そりゃオープンカーですから(笑


昨日までで中嶋一貴ってF1ドライバーがどんなヤツかは分かってもらえたようなので?


今日はウィリアムズとの略歴に触れていこうか。


ウィリアムズのガレージの左側はロズベルグ家によって受け継がれているが、2008年には右側に、同様に親子でF1と深い縁があるルーキードライバーが入った。

そう、みんなもご存知、ウィリアムズの新人、中嶋一貴がF1に参戦したのだ。

一貴の父、中嶋悟は、1987年にロータスに加入してアイルトン・セナのチームメイトに抜擢された日本人初のF1フルタイムドライバーである。

いわゆるサラブレッド。。ヒヒン


中嶋悟は、F1で5年間のキャリアを積み、1991年に引退、その後チーム運営にかかわるようになった。

中嶋悟がF1を引退した頃、一貴はわずか6歳であった。

一貴はその頃にはすでに海外在住というセレブ気取りだったんだな。

父がフォーミュラ・ニッポンのチームオーナーとして優れた育成手腕をふるう姿を目にしながら、1990年代末から2000年代にかけてPIAAナカジマレーシングが立て続けにタイトルを獲得するのを間近で見ながら成長した。


一貴はまるで当然のことのように、弱冠12歳でカートレースにデビュー、以後5年間カート競技を継続する。

一貴はデビュー3年目にして鈴鹿フォーミュラICAカートチャンピオンになったんだ。

その後も活躍する一貴はトヨタにスカウトされ、トヨタ・ヤングドライバーズ・プログラムのスカラシップを獲得した。


一貴はこの日本のメーカーに育てられ、最初のシーズンでフォーミュラ・トヨタのチャンピオンとなった。

意外とスゴいんだ一貴は。

このシリーズはカート競技からF3へのステップアップとして位置付けられているため、一貴はシリーズの優勝者として、翌年の全日本F3選手権に出場することになった。


初のF3には慣れるまで時間を要したものの、シリーズ5位、さらに優勝2回という記録を出した。

2005年にはシリーズに再挑戦し、順位を2位まで上げた。

やる気はあるんだな。意外と。


F3ユーロシリーズに参戦するため、2006年にヨーロッパに移り住む。

21歳の子供がすることではないが勇気は評価したい。

一貴は、イギリスへの移住、英語の学習、新しい生活への適応といった数々の難題に対処しながら、ドイツのノリスリングからフランス ル・マンのサーキットに至るまで、ヨーロッパ中を転戦し、ヨーロッパでF1シーズンを戦う際に必須となるサーキットに関する知識を学んだ。


2007年には、引き続きトヨタ・ヤングドライバーズ・プログラムによるバックアップのもと、これまで数多くのF1選手を輩出していることで名高いGP2シリーズに参戦した。

2006年11月にウィリアムズによる詳細な分析による高評価を受け、ウィリアムズのテストドライバー兼リザーブ(3rd)ドライバー契約を獲得した。

GP2では5回連続の表彰台を記録し、ルーキー・オブ・ザ・イヤーのタイトルを獲得。

同時にF1では、オーストラリアGPでサードドライバーとしてデビューを果たし、以後5回にわたってGPに出走してボクの兄であるFW29の開発のため7000kmのテスト走行をこなした。

年末には、ブラジルでのシーズン最終戦で、引退するアレクサンダー・ヴルツの代わりに指名を受け、F1デビューを飾り、今年はFW30こと、このうぃりあむずの背にまたがり、レースをこなしたのだ。


振り返ってみると、中嶋一貴って意外とタフなんだな・・

ちょっと見直した。


・・チョットだよ