私は、なぜか、自分が英語を話せるようになりたいと思っていました。
ペラペラと、流ちょうに英語を操り、
洋書を読んで、
海外の人とバンバン仕事するキャリアウーマンを思い浮かべ
いつか、英語が出来るようになる。
そう信じて、中学生から始まる英語の授業を楽しみにしていました。
私の母は、洋楽が好きで、カーペンターズに始まり、マライやキャリーやホイットニーヒューストン、セリーヌディオンなどをしょっちゅう聞いていたし、
海外の映画やら、何やらで、洋画をよくみていたし
なんとなく、英語に触れる機会が多かったこともあって、
中学生になって、英語を習い始めたら、
絶対、英語が話せるようになると思い込んでいました。
小学校4年生の頃、ローマ字を習い始めると、
自分の名前やちょっとした英語の単語を書いてみたり
英語で何かを書いている私って凄―い。
と、喜んでいる感じで、。
英語をペラペラ話せるようになりたいのに
英会話スクールに通うという行動を起こさない
子供の頃の私に突っ込みを入れたい気分ですが、
こんな感じで、ゆるゆる
おめでたい脳で、
積極的というよりは、どちらかというと受け身で、
さらに、英語が苦手だった私、」
その上、青森県青森市という地方で、
インターネットもない時代、
まだ、都会と地方の情報の差が大きく
なかなか、海外の情報を入手するのが困難だった時代
女の子は、国内の4年制大学ですら
「女の子だから」という理由で、行かせてもらえない
という事もあった時代。
海外に憧れ、英語が話せるようになりたい一人の女の子が
環境を与えてもらって、
努力をしたら、
アメリカの大学に入学して
授業をきちんと受けて、単位を取得
外国で、友達を作って、学生生活を満喫し、
そして、ちゃんと卒業できる。
そんな話をしていきたいと思います。