間違っていたらどうしよう。

そう思って、一言も話せないという経験はありませんか?

通じないかもしれない、間違って話して恥ずかしい思いをするかもしれない。

そういう思いがあるかもしれません。

 

しかし、逆を考えてみてください。

もし、あなたに一生懸命何かを伝えようとしている外国人に対して

正しい日本語を話しているかどうか気にしますか?笑ったり、馬鹿にしたりしますか?

しないですよね。

拙いながらも、一生懸命伝えようとしてくれて、一生懸命理解してくれようとしていることに

とても、嬉しく思いませんか?

 

それは、私たちが英語を話すときも一緒です。

相手は、私たちが拙いながらも、一生懸命伝えようとしている

だから、それに答えたくなるそういうものです。

そうであれば、間違っていようが、何しようが

飛び込んだ方がいいですよね。

 

これは、アメリカで出会ったNという日本人のお話です。

Nは、定時制の高校に通っていたので、高卒の私たちより1つ年上でした。

それまで、英語とは無縁の生活をしていたせいか、片言も話せないくらい。

語学学校のテストでも、一番下のクラスでした。

しかも、とにかく明るく目立つ存在だったので、

一見、ノリで来ただけのチャラいイメージしかありませんでした。

 

しかし、彼の凄いところは、

とにかく、間違っても、笑われても、話す。

身振り手振りを交えながら一生懸命伝えようとする。

言葉は通じなくても、アメリカ人や他の国の留学生の輪に入って、

バスケなり、スケボーなり、とにかく楽しんでいる。

そしてもちろん、学校の宿題も、英語の自主勉強もしっかりしていました。

そのうち、いつも一緒に遊びに行くアメリカ人の友達が2人できていて、

9か月後には、自分の考えや、日本の文化についてきちんと話せるくらいになっていました。

渡米する前に、英語科の高校を卒業して、英会話スクールに2年間通っていた私でしたが、

その時の彼の英語力は、私の英語力と同レベルくらいに上達していたのです。

 

その上達ぶりに、目を見張るものがありました。

とは、いえ、まだまだ、焦っていなかった私。

もしかしたら、プライドもあったのかもしれません。

その後、英語のスランプに陥り、

脱却を図るべく、色々奮闘しますが、それは、また別のお話です。

 

Nのように、英語が出来なくても、笑うような人はほとんどいません。

ほどんどいないと言っているのは、中には、そういう心無い人もいるにはいるのですが、

でも、大多数の人は、一生懸命に伝えようとしている外国人に耳を傾けてくれます。

 

だから、思い切って話しかけても大丈夫。

もう、ノリと勇気でどんどん突き進んでいけばいいのです。

その意気込みが相手の心をつかむのです。

 

誰しもが、Nのようにノリがいいわけでも、人付き合いが得意なわけではないと思います。

だからこそ、自分のできる方法で、飛び込んでいくのが大切です。

 

片言でも、身振り手振りでも、紙と鉛筆で図や単語で伝えることが出来るのです。

 

一番大切なのは、『伝えたい』『理解したい』その思いなのです。