「音楽されているんですか?」
彼女の鞄から見えたそのスティックが目に入って、聞いてしまった。
私は人事部で、連日の面接でかなり疲労困憊していたとはいえ、履歴書の特技の欄にも趣味の欄にも書かれていない「音楽」の単語を口にした瞬間に後悔していた。この質問はするべきでは無かった。
そしてその次の瞬間、
彼女の瞳から、一粒の涙がこぼれた。
(あっやはり聞いてはいけなかった)しまったという思いとともに覚悟を決めた。
ただ一つの救いは、面接官が私一人だったことだとしておこう。
「まだ始めたばかりなんです。」そう言いながら、涙を拭う。そして彼女は、息を大きく吸い込んで、ゆっくり吐き出した。そして話し始めた。ゆっくりと私をまっすぐ見て話し始めた。
「彼がドラムをやっていたんです。」
(やっていた。)
過去なんだと思いながら、次の面接までの時間を確認する。
「彼は一年中色んな場所へ行っていたので、あまり逢えませんでしたけど、たくさん葉書を送ってくれていました。メールではなく、葉書なんです。景色の絵葉書だったり、みんなとの写真が入った葉書だったり、声だして笑い出してしまうような葉書だったりしました。いつも一言だけ書いてあるんです。彼はとても音楽を愛していました。私、音楽の事詳しく無いんですけど、彼のドラムは大好きでした。」
そして彼女は、私から視線を外す。
私は何も言わずに彼女の言葉を待った。
「二日とあけずに届く葉書に支えられていました。ずっと待ってばかりじゃなくて、本心は逢いに行きたかったんです。記念日には必ず逢いに来てくれました。すごく短い時間でも、逢いに来てくれたんです。来てくれたじゃないです。帰って来るんです。」
穏やかな表情をしてはいるけれど、彼女の心にはとても複雑な思いがあるんだろうと感じていた。
でも、少しでも出して欲しいと思った。何故だか解らない。今日始めて会ったのに、何かを見てしまったという思いがあった。感じるというよりも、見える。
「すみません。質問の答えではないですね。音楽というか、最近友人の勧めで、ドラムを始めたんですが、とても楽しいんです。まだまだ全然なんですけど。」
少し微笑みを浮かべる彼女は、綺麗な顔立ちをしていた。
「それは何よりです。楽しめるものに出会えるって素晴らしいこと。楽しい時間を持てるのはいい事ですものね。それと、今日の面接はあなたが最後です。次の面接がキャンセルになった様です。」
今回の求人の応募は、かなり多かった。書類に目を通すだけで何日かかったことだろう。
彼女は、とても安心した笑みを浮かべた。
「すみません。仕事もほとんどしたことありませんし、面接も始めてに等しくて緊張しました。」
「始めてで無くても、皆さん多少の緊張はありますよ。」
「そうなんですね。」
「少し話続けてもいいですか」
「どうぞ」
嬉しそうに微笑み、彼女は話し始めた。
「彼は、結構有名なジャズドラマーだったんです。日本中何処でも、どんな小さなライブハウスでも、楽しそうに出掛けて行きました。一緒にいる時間が少ししか無いから、何度も一緒に行こうって誘ってくれたんです。でも私
「一人で生きられない人間は二人で生きられない」
って言って、一度も一緒にいかなかったんです。
それで彼は色んな土地から、色んな葉書送ってくれていました。「ずっと一緒だよ」とか「綺麗な花を見つけたよ」とか一言添えてあるんです。それ見て、私はメールで、「葉書届いたよ」の一言だけを送っていました。私から葉書は送れないので。
本当は一緒にいきたかったです。
でも行けなかったんです。
彼からメールが送られてくるのは、逢える日を告げるメールだけでした。
そしてその後に必ず電話が掛かって来るんです。」
少し沈黙があった。
「もっと一緒にいれば良かったし、たくさん愛してると言えば良かった。逢いたいと言えば良かった。」
また沈黙、少し長い沈黙。
「その日大雨が降っていました。
私、車の運転中でメールに気がつかなかったし、彼からの電話もとりそこねたんです。留守番電話に、
「今から行くね。」って彼の声が残っていました。
でも私、その留守番電話より前に
警察からの電話を先に受けました。
あまりよく覚えていません。
その電話の後、すぐに言われた通りの場所へ行って、随分待った後、彼に逢いました。
「即死でした。」
と警察の方に説明を受けて、彼に逢いました。
車の事故でした。
大雨の中なのに、飛ばしたのかな。顔は微笑みを浮かべてる様に綺麗でした。発見された時、花に囲まれていて、驚かれたそうです。
私の大好きな花をいっぱい買ってくれていたようです。車にいっぱいの花を乗せて、
楽しそうに微笑みの中の事故だったんですね。なんでしょう。心が空っぽになったり、とても心が暖かくなったりします。まだ理解出来ていなくて、思い切り泣くことも出来ないんです。この心を抱えたまま、何処に行くんだろう。また雪が降って、桜が咲いているのに、彼には逢えない。それだけなんです。
あまりにも突然過ぎて、まだ現実味が無いんです。駄目ですね。」
フーッと息を吐いて、彼女は立ち上がる。
「ありがとうございました。初めてです。こんな話したの。ほんとにありがとうございました。」
深々と頭を下げて彼女は、部屋を出て行った。私も深々と頭を下げた。
「逢えない。ただそれだけ、、、」苦しいな。内蔵全て持って行かれる方が苦しくないかもしれない。
感情があまり引きずりこまれないように、部屋をでて自分のデスクへ向かう。今日の面接内容を簡単にまとめて、夕方の一次選考の準備をする。
今回のこの人数を絞るには、2次面接もやむを得ない。
あまり時間を取られすぎるのは、避けたいところではあったが、今回の選考は失敗したくない。
今後につなげるいい機会となるはずだ。
準備を終えて、遅めの昼食を取るために外にでた。最後の八重桜が綺麗に咲いていた。
その桜を見て、
「彼に手紙を書こう」
そう思た。ぼんやりそう思った。
ちゃんと言っておかなければ、この先ずっと捕らわれたままだ。聞いてもらえるのならば、きちんと話そう。嫌だと言われれば、それまでの事。先ずは、彼の連絡先を調べ無くてはいけない。
「でも、どうやって?」
あれから10年は経っている。話したいのは、私のエゴがワガママか。