警察 VS 諸葛亮包茎 ~まえふり~
警察VSと銘打っているが、ケンカのための挑発ではない。
愛だよ、愛…。
我が同胞…すなわち包茎は警察人口においても占める割合は高い。
ほんの一握りの者が不祥事を起こすと大騒ぎになる…、
まるで、すべての警察官がそうであるように…。
同胞としては、そういった報道姿勢には腹立たしさを感じる。
ゆえに、羊の皮を被った漢(おとこ)の如く純粋な包茎の素顔を…、
否、純粋な警察官の素顔を代弁者の言霊とともに紹介したいと思う。
タイトルを、VS諸葛亮包茎とした理由は…、
なんとなく三国志の諸葛亮孔明みたいでカッコイイからだ。
全国の警察署で働いている同胞よ…、
疲れているときは代弁者の言霊から勇気と知恵をもらい…、
市民生活の安全を守るために日々精進してくれ!
平成20年4月27日 諸葛亮包茎(キャロウェイでーす!)
平沢勝栄代議士はどう答える? 市民が警察に望む絆!
(平沢勝栄衆議院議員 Vol.2)
―― このへんで本題に入らせて頂きます。警察制度のシステムのマイナスな面を抜本的に変えていくには、市民と連帯して今日の治安悪化の原因に正面から対峙していくことが一番の良薬になると言われています。まず、代議士は今日の治安悪化の原因をどのようにお考えになっていますか。
平 沢: かつて日本は先進国で治安が良好な唯一例外の国と言われましたが、今や欧米並みになってしまいました。悪くなってしまった具体的な理由というのは、大きく分けると二つあります。
一つは、社会が大きく変わってくる中でライフスタイルの変化に伴う自己中心主義の風潮が広がり、遵法意識が薄れてきたことです。地域社会の一体感や連帯意識が希薄化し、今までのような犯罪に対する抑止力、社会の規制というものが効かなくなってしまったんです。少年犯罪や暴力団の犯罪を含めて。もう一つは、来日不良外国人の暗躍、外国から犯罪者がどんどん入ってきていることです。
―― 地域社会の一体感や連帯意識が希薄化してきた大きな理由は、どのへんにあるとお考えですか。
平 沢: その理由が地域社会にあるのか、家庭にあるのか、学校にあるのかということになってくれば、これは全部に関係してきます。
外国では、子供は社会の宝で、親はその社会の宝を預かっているだけにきちんと育てる義務があるという考えが確立されています。イギリスのサッチャー元首相などは「家庭がしっかしろ」と頻繁に言っていましたが、勿論、家庭教育が重要なことは言うまでもありません。
しかし同時に、学校の果たす役割もきわめて大きいと思います。鶏と卵の関係じゃないけれども、学校教育を受けた人が親になるわけですから、学校教育の果たす役割と責任はきわめて大きいと思う。だから、欧米で見られるように、学校の授業のなかで治安や警察の問題など、社会人として必要なことをもっと教えるべきだと思います。
―― 教育者の、人間教育の技術の一環として、義務教育における治安に関する啓蒙活動にもっと目を向けていかなければいけないということですか。
平 沢: そうです。まずは小さい頃に是非教えなければならないことから教える必要があります。たとえば、イギリスの義務教育には社会の規範とか警察学校で教えるような内容が授業のなかにカリキュラムとしてきちんと組み込まれているんですね、必修として。
ところが日本の場合は違う。私は警察庁で少年課長もしましたが、消防とか交通安全がちょっと社会科の教科書にでてくるくらいで、社会の規範とか治安の授業は全くといってよいほど行われていませんでした。今は若干改善されましたが。 だから、警察制度の抜本的改革という意味で言えば、弁護士や警察官が知っているようなことのなかでも基本的なことは社会人として当然知っておくべきですから、小学校や中学校の授業でも教えていくべきです。
たとえば、小学校では、どういうことをしたら犯罪になるのかとか、犯した後はどういう扱いになるのかとか、そういうことを教えていく。中学校では、 「生活安全警察」 、 「地域警察」 、 「刑事警察」 、 「交通警察」 などにわけて、 それぞれ の役割と犯罪の関係を教えていく。
恐らく、こうしたことはほとんど教わらないで義務教育を終えているわけです。大学の法学部に行けば犯罪の意味、犯したあとの扱いについて教わりますが、本当はそれが義務教育のなかでも教えられるべきなんです。たしかにピタゴラスの定義とかも大事かも知れませんけれども、もっと大事なのはこっちのほうなんです。
もちろん、道徳、公共心、規範意識といったものもきちんと教えないといけませんけれども、同時にそのなかで、犯罪を犯すということはどういうことか、犯したらその後どういう処分を受けるのか、学校教育の中できちんと教えなければいけないと思います。
(つづく)