警察 VS 諸葛亮包茎 ~まえふり~
警察VSと銘打っているが、ケンカのための挑発ではない。
愛だよ、愛…。
我が同胞…すなわち包茎は警察人口においても占める割合は高い。
ほんの一握りの者が不祥事を起こすと大騒ぎになる…、
まるで、すべての警察官がそうであるように…。
同胞としては、そういった報道姿勢には腹立たしさを感じる。
ゆえに、羊の皮を被った漢(おとこ)の如く純粋な包茎の素顔を…、
否、純粋な警察官の素顔を代弁者の言霊とともに紹介したいと思う。
タイトルを、VS諸葛亮包茎とした理由は…、
なんとなく三国志の諸葛亮孔明みたいでカッコイイからだ。
全国の警察署で働いている同胞よ…、
疲れているときは代弁者の言霊から勇気と知恵をもらい…、
市民生活の安全を守るために日々精進してくれ!
平成20年4月27日 諸葛亮包茎(キャロウェイでーす!)
―― 最近は、地域社会における順法意識の低下や商道徳の乱れが顕著なってきていますが、義務教育のなかで治安について教えていくことで解決に至るということですか。
平 沢: 地域社会のコミュニティーという面で言うと、小学校・中学校の存在というのは非常に重要な役割を果たしています。それを軸にしていかないといけない。
終戦の時点で農業人口は約50%近くありました。農業というのは基本的に共同作業で、各地域で共同体を形成していました。ところが、今や農業人口は4%程度なんですね。こうした就業構造の変化などもあって共同体がなくなってしまい、コミュニティーという一つのつながりが崩壊してきているのが、戦後の社会の特徴です。
共同体がなくなってくれば犯罪の温床になりやすくなりますから、どうやって共同体を作り直していくか、そこが問題です。だから、家庭での交流の復活を含めて、小学校・中学校などを軸にした地域社会というものを作っていくことがますます重要になってくると思います。
―― 地域単位の共同体が衰退していくなかで、ライフスタイルの変化に伴う自己中心主義が目立ってきています。人としての知的交友という意味で、子どもたちにとってはマイナスの面が大きいと思いますが。
平 沢: たとえば、今は地域によっては「火の用心」と拍子木を打つと「うるさい」という苦情が出てきます。昔と違って、24時間型社会になったこともあり、ある程度のことは社会人として受け入れるという感覚がなくなって、権利だけを主張する。これは大人も子どもも、そうです。
もう一方の現象として少子化がどんどん進んでくると、家庭の中で子どもたちがいろいろ揉まれるということがなくなってくる。一人っ子が増えてくると親が過保護に育てるケースが多くなる。そういうなかで、社会的に人間関係の中で揉まれていない子どもたちが増えてくる。
そこで、学校のなかで厳しい躾の訓練などを施せばいいのですが、今は逆の方向にいっています。ちょっとした事で厳しく指導すると「けしからん」と、むしろ親が騒ぐ。私など昔、学校で先生によく殴られました。今は考えられません。一部の例外を除けば、腫れ物に触るように、親も先生も子どもたちに接するでしょう。
子育てというのは、動物の社会と同じで、一人立ちするまでは厳しく、親や、社会や、先生が徹底した教育訓練を施す必要があります。その過程で必要ならばある種の制裁、罰を科すということをやっていかないといけないと思います。
ところが、先生が生徒を殴ると大ニュースになりますが、生徒が先生を殴ってもニュースにはならない。むろん、教育は学校だけで行われるものではありませんが、小学校・中学校を軸にしていけば、きちんとした人間教育を行うことが可能です。
ノーベル物理学賞を受賞した東大の小柴先生は、小学校時代の先生とのめぐり合いきっかけだったという趣旨のことを言っておられますが、先生方にも教育者として努力してもらうことも大切です。勿論、大人はそれぞれの職業や振る舞いを通じて、意識するしないに関係なく教育者としての役割を果たしているわけです。地域社会にも人生の教師がいたるところにいるわけです。