(仮)長谷川大のセンシティビティ・トレーニング × Q☆MAP…。



感受性訓練のことであるが、雑誌では将の将、将にむけた企画モノと位置づけている。つまり、企業の役員や管理職、役所の管理職を対象にした連載企画だ。



Q☆MAPとは、Moral(モラル管理)、 Adherence(従事率)、Product(生産性)、これらを個別に高め、実務全体のQuality(品質)を高めていくトータルシステムの名称。一人一人のクオリティを高めていく地図(MAP)という意味にかけ合わせている。



この企画モノに武道家東孝氏のエッセイをはめ込んで、解説を作ればユニークなテキストになる予感がする。

↓ たとえば一部抜粋してみると

2.稽古事とは

剣道だけではなく、柔道、柔術、合気道など、今までの「武術(武道)」の稽古法は、創始者の経験から生み出された技の応酬を公式化した動きを繰り返すのが通常であった。薩摩示現流のような対象に一方的に打ち込むにしろ、「相手がこう打ってきたなら、こう受けてこう切り返す」といった攻防型にしろ、とにかく稽古とは、このように同じ動作を正確にできるように、ある「型」(定石)を無限に反復練習するものが主だった。


この方法は一定レベルの人間を生み出すには効率的な方法だ。即ち、入門者には先ず、基本的技術や基本的な連携の反復稽古をさせ「型」にハメなければならない。さらには、習う人間が創始者と同じような個性(身体的・性格的)の場合は、その人間にとっては最高の方法となるだろうし、手っ取り早く上達もするだろう。(特に、剣道の場合は切れる「剣」を使うのだから、打つ(切る)人間に多少の腕力の違いはあっても、相手に当たれば大概は傷害を与えることができるので、この方法は十分に意味のある重要な方法であろう--後述。)


しかし、個性の違う者に対して、その先までまったく創始者と同じ事をさせるのなら、それは、「角(つの)を矯めて牛を殺す」式になる可能性が大きい。当然、創始者のレベル以上のものにはならない。これが「型」(反復)稽古の弊害である。「指導力」を発揮する為に、弟子に自分と同じことをさせたがるのは、人情ではあるが、強者を育てるためには、弟子の個性を見極め、良い所を伸ばしてやるしかない。





オレの中にある解決の端緒を見出せるというキーワードもあてはまるし、たしか大道塾の国際大会や国内大会の大会会長は法相の鳩山さんだから、長谷川大氏の企画モノにしても問題は生じないだろうし、東孝氏との時間を調整できれば企画の艶出しもうまくいくと思う。



エッセイは2号分ストックがあるので、長谷川大氏に近々打診してみることにする。



ここからどうなるのか…、長谷川大氏の発想力に期待しているぜ。