まえがき 村越ひろたみのステーツマン・スピリット
村越ひろたみのステーツマン・スピリットは進化しているか?
答えはイエスである。
彼のステーツマン・スピリットが着実に進化しているかどうかは、ポリティシャン・スピリットをもっている者ならば一目瞭然だ。ひらたくいえば、国民と国家のための政治家として死ねるかどうかを、政治屋の目で見抜いていけばいいだけの話。
前回の衆議院選挙での敗北後、彼は死所を見つけるために彷徨ってきた。死所を求めるということは、自分の生命を最も美しく燃焼させるところを求めるということと同じである。国民への愛情もしかり、国民を愛することと政治家として死ぬことは、どちらも人生の究極、生命のもえあがるところだ。
ステーツマン・スピリット――政治「屋」ではなく政治家として。
国政の場で自分の生命をまっとうしたい――というつよい意思をもったこと、これが彼の人生にたいする覚悟だ。人事をつくして天命を待つという言葉があるが、ステーツマン・スピリットを進化させながら人事をつくすところはまちがいなく国政の場である。
筆者はポリティシャン・スピリットをもった典型的なアウトサイダーである。ゆえに、村越ひろたみのステーツマン・スピリットの進化のプロセスを周囲のオーバー・リアクションに惑わされることなく的確にとらえることができる。その視点から描く政治家村越ひろたみの本質――有権者との間にヘダテをおかない気質とあたたかみに読者の立場から迫って頂ければ望外の喜びである。
2008年2月19日 政治「家」ではなく政治屋の魂をもつジャーナリスト 武田亨