今年は、30日まで仕事だった。特に忙しくはなかったのだが、管理者が休んでいたので、替わりに自分が出勤したかたちだった。
2025年は、自分自身のキャリアの頭打ちから始まり、後半は子供の病気発覚で終わった。50年以上人生やってきて、何とも言えない忸怩たる思いがある。外形的な生活スタイルの変化は大きくはないが、毎日の生活の中で眼に入ってくる景色や情報が、ここまで一変してしまうものかと思っている。何を見ても、何を食べても、何を話しても、頭の中にずっと大きな引っ掛かりのようなものが残っていて、喜怒哀楽で言うと、喜と楽がなくなったような感じであり、他人に対しての寛容さについて、元々ほとんどなかったが、完全になくなった気がする。自分達さえ良ければそれで良いという風潮が世の中に蔓延していると思っているが、自分は、自分達以外ができる限り不幸になってくれれば良いと思っている。恐らく、怒りや悔しさのような感情を自分の中で処理しきれず、外に向かってはけ口を求めるようになっているのだろう。まあ所詮、心の中で思っていることなので誰にも影響を与えるものではないが、自分自身の精神状態があまり良くないとは思っている。弱い人間はすぐに適応障害の診断書をとって人生を棄権するのだろうが、そんなゴミみたいな行動をとっている余裕はない。
本当に出口はあるのか?と思いながらやるしかない。
