3月26日から4月12日までの自分 | にーの写真館Ameba別館

3月26日から4月12日までの自分

診断書を受け取り
初診以降の具体的症状推移と治療内容を見てぞっとしたことを書いてみました

私は3年前 内科病院に連日40℃近い発熱で入院

膠原病(こうげんびょう)の疑いがあるとの診断で

腎臓膠原病内科のあるこの病院に転院

検査で膠原病の一つ 全身性エリテマトーデスと診断

原因不明 完治する治療法も無い いわば近い将来 自分の身を守る免疫細胞が

自分の腎臓を攻撃して 10年生存率の数値的なものは高くなっていますが

多くは人工透析や入院生活を余儀なくされる ほんの数パーセントが通常生活を何とか送れるのですが

突発的な悪化で、、、と言うこともあります

そんな中 今回の緊急入院で

主治医の先生と各専門科の先生方とICUの方々のお陰で

こうやってブログ投稿もできる状態まで回復させて頂いたことに感謝しなければなりません

発熱から2日目

SL人吉号と桜並木を翌々日に撮影に行こうと解熱剤でもと深夜病院を訪れ今夜は病院で、と

翌日、胸部レントゲン、CTにて両側下葉の肺炎

同時に副腎グリーゼを併発

緊急入院へと変更

翌々日、原因不明の40℃の発熱

再びCTにて肺炎像の増悪、重症異型肺炎で抗菌剤を変更

4人部屋から個室へ移動

夜間、意識を失い高度頻脈を伴う低酸素血症、極端な血圧低下

ICUへ転棟、緊急挿管、人工呼吸管理開始

昇圧剤、大量輸液などにも反応なく、敗血症性ショックの合併、筋酵素の著増

やむなく緊急人工透析

危篤状態となり

母が最悪の場合も覚悟するように言われたそうです

ICUには5日間いましたが途中、せん妄、不安症状が出現

精神科医指示により精神薬を開始

ICU退室後以降は症状出現無く精神薬中止

そして1週間後には退院することができました

以前この症状でICUで治療を受けていた方は状態悪化で大学病院に緊急転送されましたが だめだったそうです

私のようなケースは本当にごく稀なのだそうです

もし最初の発熱時に解熱剤で撮影に出かけていたらおそらく手遅れになっていたでしょう

わずか18日間の入院でしたが、

さすがに ここまでの状態になると

よくあちらへの扉や川が見えると言う方がおられますが

私は無、何も見えませんでした。

ICUでの精神薬のせいか、個室へ戻って退院して自宅療養最初頃までは

自分の見ている風景ややっている事が夢なのだろうか?と思ってしまうことが

しばしばありましたが

現在は本来の自分に戻っていますが体力精神力ともに非常に低下しているので

徐々に復帰を目指しています

今回、一歩間違えればこの世には存在していなかった自分と言うものについて

生かされている理由探し 続けなければなりません