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蝉の声を聞く度に

今年初めての蝉の声。しかも一匹のアブラゼミ。蝉はどうやって夏が来るのを感じるんやろ?暑さなら、今日に何びきも蝉が鳴いてもいいもんにさ。あぁ夏を感じる。昨日から除湿をはじめて、部屋は何とか過ごせてます。陽当たりが良すぎるのでカーテンはしめきってある。何か暗い陰湿な感じ。

ホッケー…敗れました。決勝リーグに行きつつも、結果四位に終りましたよ。応援だけでも涙がでましたよマジで、ついでに喉から血もでましたよ。でもそのぶん夏に頑張れそう。これから二ヶ月のオフシーズンです。
まぁその最後の試合のあとは、午前一時にも関わらず、飲み会を敢行。明日何限から授業?…一限です!はい。……。
午前五時に終了。この日は眠ることなく、死んでる人のお世話でした。ズボンに吐かれてまじブルー。まだまだ飲み会は続きます。財布も肝臓も限界です。

吸血

最近、出来ることに取り組めない自分にイライラ…というよりグラグラ。いい天気で無かろうと、いい写真は撮れそうなもんで。なんでか疲れてるんだよね……温泉に行きたいなぁ。

昨日、友達と一緒に献血をしてみた。なんでそんなノリになったかわかんないんだけど、そこに献血車があったからみたいな。まぁ友も僕も初めてなわけで、とりあえず400お願いしますってことに断われなくて、そんだけ採られた。やけにフレンドリーなおばちゃんたちとジュースやお菓子を食べまくってたのもまぁよし。今頃、僕の血もどこかで盲腸の手術をしてるような人のために使われてるんでしょうな~。

復習~美学~

美意識とは今日断片化され、日常の生活のそれぞれに応じた形をとっている。郷に入れば郷に従えみたいな感じか。
昔は、どの世界においても、ある共同体に対して一つの(厳密に言えば家庭と呼ぶ共同体の中で違いがあるが)美意識しかなかった。しかし、交通の発達により、さまざまな共同体の人々がいりまじり、美意識も断片化されていった。そしてその場に応じて人々は美意識を使い分けをしていた。しかし、さらに混在する多様な美意識の中で、その美意識の使い分けがわからなくなり、その背景にある自分という存在があやふやになってきている。つまり、自分たちはある共同体で育ちそこの美意識を吸収してきた。この美意識を根底に自分が形成される。しかし、美意識がだんだんと断片化され、他の美意識に自分の美意識が脅かされる。そして自分というものも脅威に晒される。しかし、自分=アイデンティティーはたゆまず流れゆくものであり、自分が晒された他の美意識によって更に展開していく。自分はどんな美意識を持つか…、それははたまた一本化されたものであるのがが重要となってくる…。