アメーバのニュースのトップに、佐藤かよさんがビキニ姿をブログにアップしたという記事があった。
佐藤かよさんや椿姫彩菜さんの記事へのコメントはいつも批判的な内容ばかりが目立つ。
というか、どこのニュースを見ても、性同一性障害(GID)に関するニュースやその当事者に関するニュースのコメントはいつだって批判的な内容ばかりだ。
見る度暗澹とした気持ちになってしまうため見ないようにしていたが、久しぶりに見てしまった。案の定だった。
「こいつ男じゃん」
「所詮男」
「男のくせに」
「オカマ」
「チ◯コは?」
「男なのに本当にかわいいよね」
とか何とか。
男としてしか認識されていない。
チ◯コがどうだとか…結局色物扱いか。
「女性より女性らしい」などという言葉は全くもって意味不明である。
彼女は紛れもなく女性だ。
生まれてくる際、器(体)が違っただけだ。
ここでおかしな例えだが、みかんジュースを間違えてりんごジュースの入れ物に注いでしまったとする。
それを友人に渡すとき、どう伝える?
きっと、
「それ、ボトルはりんごジュースのボトルだけど、中身はりんごジュースじゃなくて、みかんジュースだからね」
と言って渡すだろう。
その友人もまた、「あ、そうなんだ。間違えて入れちゃったの?」と普通にそれをみかんジュースとして受け取るだろう。
りんごジュースのボトルに入っていようが、みかんジュースはみかんジュース、みかんジュースの味しかしないのだ。
例えはおかしいが、そういうことではないだろうか。
彼女を男だと言い放つ神経が俺には全く理解できない。
それは同じ当事者だからだろうか。
俺も当事者でなかったら、彼女のことを「結局男だろ」などと言っていただろうか。
カミングアウトをしないまま女性として活動を続けていたら、そう言われることなんて絶対になかったはずだ。
カミングアウトをした瞬間、手のひらを返したようにこれだ。そこが怖い。
これが現実だ。
認められてきているようで全く認められてなんかいないのだ。
とある番組でGIDを抱える人のことをドキュメンタリー形式で放送されていたのを見たことがあるが、出演者の反応も「そうじゃない」と突っ込みたくなるようなものばかりだった。
出演者のそういった反応もまたおかしな認識を生むのだろう。
出演者のせいだとは言わないが、影響力は大きい。
こういうことは、当事者として生まれてみないと分からないことなのかもしれないな。
本当の意味で俺たちのことを分かってくれる非当事者の人は、世の中に何人ぐらいいるのだろうか。
俺は、この人以上に分かってくれる人はいないと本気で思っていた人からも結局は酷い扱いを受けたことがある。
それ以来、本当の意味でわかってくれる人なんていないのではないかと思ってしまっている。
恐れていてはいけないな。
強く生きていこう。
絶対に負けてはならない。