10代の頃、両親との仲は最悪だった。
俺が性同一性障害であるということが原因となり、12歳の頃から家庭は崩壊し始めた。図書館から借りてきた本が見つかってしまったり、また、親のパソコンを使って色々と調べていたために履歴からそれが知られてしまったのだ。
暴力の絶えない家庭だったので、話し合いというものは一切できない。
今ここでは詳しく書けないが、酷い罵声と暴力が毎日飛んできた。抵抗したり反抗したりすれば更に酷いことをされるため、ただひたすら耐えるしかなかった。
理解してもらうことや受け入れてもらうことを待っていては、いつまで経ってもこのままだ。
俺は一生ここでこのまま生きていくのか?
これは自分の人生なのだから、自分で道を拓くしかない。
分かってもらえなくても受け入れてもらえなくても、異常だなどと言われても、そんなことは関係のないことだ。
誰かを演じることなどできない。
そう思い、それから俺は親に話すことなく治療を始めた。所謂、「闇治療」というものだ。明らかに怪しく、病院と呼べないような病院でホルモン治療を開始した。そんな所だから、診断書も必要なかった。未成年で且つ18歳未満であったが、もちろん、保護者の同意を求められることもなかった。いきなり出向き、説明も何もないままいきなり注射を打ってくれた。
(10代という未熟者ながらも、作用・副作用をはじめ、ホルモン注射というものがどういったものであるかなどは、インターネットや文献によって知識を得ていた)。
今考えると危ないところに足を踏み入れたものだが、それが俺のGID治療の始まりだった。そこでは性別適合手術も行われていたのだが、過去に死亡事故も何件か起きていたようだ。もちろんそのことも知っていたが、それでも俺は早くホルモン治療を始めたかった。当時は親に殺される危険もあったため、何もできないまま死ぬのは嫌だというのもあったし、親に殺されるのなら自分で自分の身を滅ぼした方がマシだと思っていた。もう限界だったのだ。
その病院は色々とあり随分前に閉院してしまいもう無いのだが、今でも日本のどこかに、そういった「闇治療」を行っている場所は存在するのだろうか。
どんな親であろうとどんなに憎かろうと、一定のところまで育ててくれたことにかわりはないのだし、その2人なしに自分は存在し得なかったのだから、親というのは大切な存在だと今は思っている。
その親を否定するということは同時に自分も否定するということだ。
親に理解してもらうことや受け入れてもらうことはとても大切なことだ。
だが、受け入れてもらえないからといって自分を押し殺す必要はないと俺は思う。
どんなに否定されても、自分だけは自分の最大の味方で居てあげなければならない。
GID治療において、ホルモン治療と手術は、してしまうと後戻りはできない。
そのため、絶対にその時の感情だけで突っ走ってはいけないことは分かっている。
だが、死ぬ程悩み考え抜いた結果がそれなのであれば、時に突っ走ることも有りなのではないかと俺は思っている。
自らの力で突っ走らなければ拓くことのできない人生だってあるのだから。
自らの力で突っ走らなければ拓くことのできない人生だってあるのだから。
自分がそうだったからだ。
治療だけに言えることではなく、俺は今までの人生の選択に後悔は何一つない。
あの時思い切って突っ走っていなかったら、間違いなく、今の俺はない。
治療だけに言えることではなく、俺は今までの人生の選択に後悔は何一つない。
あの時思い切って突っ走っていなかったら、間違いなく、今の俺はない。
突っ走っていく中で成長した面や気付いたことも多くあるからだ。
(親や周りのことなんか無視して良いということや、それを助長しているわけでは決してない)。
12歳の頃から家出を繰り返していた俺は、ホルモン治療を開始してしばらくした後に家出同然で家を出て生活を送っていた。それから数年後にようやく親と連絡を取り、ちゃんとした話し合いができるようになり、ようやく理解を得ることができたのだ。
距離をおいたのが正解だった。距離をおいたことでお互いの気持ちを冷静に考えられるようになったのだ。親は俺の気持ちを、俺は親の気持ちを。
それまでは、親の気持ちなど考えずに自分の苦しみだけで毎日を生きていたが、それではいけないということに俺は気付くことができた。
ホルモン治療によって自分の悩みやコンプレックスから少し解放され、心に余裕ができたからというのも大きかっただろう。
今では、親と一緒に酒を飲みに行くようにまでなった。
家庭崩壊当時の俺を知る友人は、今の親と俺の関係をみて本当に驚いている。
こんな風に、年月をかけて手にすることのできるものもある。
今でも無くならない問題はいくつかあるが、それでも俺は今、とても幸せだ。
何かの所為にしたり何かを理由にしたりするのではなく、自分の人生は自分自身で拓いていくものだと思っている。
12歳の頃から家出を繰り返していた俺は、ホルモン治療を開始してしばらくした後に家出同然で家を出て生活を送っていた。それから数年後にようやく親と連絡を取り、ちゃんとした話し合いができるようになり、ようやく理解を得ることができたのだ。
距離をおいたのが正解だった。距離をおいたことでお互いの気持ちを冷静に考えられるようになったのだ。親は俺の気持ちを、俺は親の気持ちを。
それまでは、親の気持ちなど考えずに自分の苦しみだけで毎日を生きていたが、それではいけないということに俺は気付くことができた。
ホルモン治療によって自分の悩みやコンプレックスから少し解放され、心に余裕ができたからというのも大きかっただろう。
今では、親と一緒に酒を飲みに行くようにまでなった。
家庭崩壊当時の俺を知る友人は、今の親と俺の関係をみて本当に驚いている。
こんな風に、年月をかけて手にすることのできるものもある。
今でも無くならない問題はいくつかあるが、それでも俺は今、とても幸せだ。
何かの所為にしたり何かを理由にしたりするのではなく、自分の人生は自分自身で拓いていくものだと思っている。