我々は夢と同じ物で作られており、我々の儚い命は眠りと共に終わる。
私は過ぎ去った夢にうなされ、静かに迫り来るさざ波のような時間と未来の海に揺蕩う魚の夢を見る。しかし、いつまでも渇きに苦しむ浮浪者に似て、砂丘で戯れる幼子のように走り回る憧憬に焦がれ人生を旅する。世界は真実を見せてはくれない女似て、げに妖艶な踊り子に似る。しかり、我らの目は真理を敢えて見ようとしないプリズムを内に持つ。そして、全てを勿体振る形式の均衡を保ちながら……? 「それでも世界は美しい・・」然り、「我々がそう思う限りにおいては!」それは人間に対して世界や自然は何の意志も持ち合わせてはいない、無頓着で、残酷さがあるからである。愚かさや醜さすらも美化せずにはいられないこのご都合主義の人類たち。この弱々しい人類という生物が生きるためには遠くから物を見る術を得なければならなかった。今一度、知性すら捨てて、信仰のための場所を空けなければならなかった。。私達の認識には限界があり、全てを見るには器が小さきに過ぎる。 悟りだの、真理だの、イデアだの、考えて楽しむのは個々の自由だが、それを全体すなわち人類の使命や意味などと語り、真実のように押し付ける愚者はただの痴態を晒す阿呆である。