久々に書く今回は私的で。


実は大学生である私です。

あと半年で卒業になるのですが、女子大生の卒業と言えばやはり卒業袴! …という思考になります。

和服は好きなのですがなかなか着る機会もなく、着て精々甚平というのが現実。


だから卒業式は絶対卒業袴!(2回目)そして「はいからさん」よろしくブーツだ! と今から意気込んでいます。


しかし一つ問題が。


私の靴のサイズは26センチ。一般的な女性の足のサイズは大きくて精々25センチ。
そして私が今住んでる地域にはクイーンサイズの女性ものがまったく売られていない。


ああ、切ない。
買いたくとも、普段から東京に行く機会がないから買えない。



ああ、切ない。
ちなみに、今年の夏はグラディエイターが欲しかったのですが、やはりサイズの関係により買えませんでした。
ああ、なんて切な過ぎる。

毎年この時期は少しだけ切なくなります。

第二次世界大戦が終結してから60年以上は経過しますが、傷の癒えない方々はまだまだおられると存じます。

私自身は本当の戦争をまったく知らない世代です。

教科書やテレビの特番で流れるような映像、そして当時の写真でしか知り得ない人間です。

高校の時、修学旅行で沖縄に行った時、ひめゆりの塔に行ったり、当事者の方の話を聞くことがありました。

ひめゆりの塔に並べられた写真の数々、当時生きていた方々の肖像。

当時高校生だった私とほぼ同年代の少女たちが、戦争のもたらす「絶望」と向き合わざるを得ない状況にいて、どれだけ辛かっただろうか。

当事者でない私にはまったく想像もつかないし、それを「大変だったんだ」と一言で済ませる程に軽んじていけるものではないでしょう。

それでも自分にはあまりにも衝撃的で、出口付近で国語の先生の前で泣き出してしまったことは、今でも忘れられないことの一つです。

また、以前に大学のある授業で、戦争にまつわる詩に触れることがあったのですが、

「世界などなくなってしまえばいいのに」

というような一節は忘れられません。

作者はその一節にどんな思いを込めたのか、私は真に理解することがかないません。

「戦争はやってはいけない」という言葉はありふれたもので、知らない世代が言うにはあまりにも軽いものかも分かりませんが。

それでも、人を絶望や狂気などの負の感情に走らせるような、そんなものがどうかなくなって欲しいと思うのです。

戦争は虚構の世界だけのものになってほしい。

そう思うのは甘い戯言かもしれないのですが。

言葉があるから人間なのに。考える力があるから人間なのに。


綺麗事だと言うのは重々承知なのですが、毎日のニュースの中で事件が起こるとなんだかなァ、なんて考えてしまいます。

その大部分は自分自身に直接関わったものでないから、正直に言うと実感というものは湧かないし、被害者の方々の心を真に理解することは私にはできません。

けれども、だからと言ってそれをないがしろにしてもいい、という訳では決してないと思うわけです。


被害者にとって、どんな理屈があろうとも、加害者は絶対的な「悪」なのだから。


人間、機械みたいに切り替えがポンポンできれば楽なのでしょうが、そうはいかない。

しかしそれが人間の面白さでもあり、人間の辛い所でもあるのか、なんてガラにもなく思ってしまう今日この頃です。