たとえばわたしが、死ぬほど辛くて苦しくてたまらなかったころ、発散の仕方がわからなかった。
相談の仕方がわからなかった。甘え方がわからなかった。
だからひたすらに、意見を求めた。
夫はきわめて冷静に、問題解決に務めようとした。
現状をいかに乗り切るか、耐えぬくか。
まじめな夫の考えそうな、日本特有体育会系の忍耐思考。
わたしは孤独だった。淋しかった。
仕事の出来が悪いと怒鳴られ、人間の出来が悪いと怒鳴られ、
おまえの抱えてる孤独すら無駄で甘えだと怒鳴られ。
価値がないと怒鳴られ。
いつもみんなの前で怒鳴られ。
いつしか、自分の不満すら他人には話してもいけないほど、自分は下等な生き物なんだと卑屈になっていった。
だから、愚痴ではなく、意見を求める事しかできなくなっていた。
その、絶望的な心境に、夫の理解は一切なく、とにかく耐えろ、がんばろうといった。
誰も口を聞いてくれない職場、ひとりぼっちの作業。
中学生よりも仕事が遅いと怒られる日々。
逃げ出したかった。
それでも、夫の「がんばれ」を思い出し、耐えようとした。
前の晩に、飲み過ぎた睡眠薬が翌朝の頭を重たくし、
意識がないまま仕事場に行き、
もうろうとしながら作業を進める。
勝手に涙が出る。
でも、だれも気づかない。
だれもわたしを見ない。
誰もいない。
一日を生き延び、もうろうとしながら帰宅して、すぐ布団に入る。
この世の意識を消し去りたくて、何も考えなくて済む世界に行きたくて、睡眠薬を飲む。
足りなくなってまた追加。
家事なんてまったくしない。できない。
夫は何も言わず、本当に何も言わなかった。
愚痴も、
怒りも、
思いやりも、
何も無く、
ただ泣いて崩れていくわたしに声を掛けるわけでもなく
見つめるだけだった。
限界がきて、一度職場で首を吊った。
でも、苦しくて苦しくてギブアップしてしまった。
情けなかった。
また罵られる声の記憶が、頭の中で響いた。
「死にたきゃ死ねよ!死にたい奴はとっとと死ねよ!」
生きてしまったことが、情けなくて恥ずかしくて、死にたかった。
そのとき、最後のお別れに、夫に連絡した。
「しなないでくれ」
と、
ちょっと電話がきて、仕事に戻ると切られた。
わたしがどれだけ苦しいか、伝わっていない、
そうとしか思えず、ますます死んで思い知らせてやりたくなった。
夫にも、
あいつにも、
こいつにも、
みんなにも。
そのころのわたしは、もうとっくに壊れていた。
それからというもの、自分を守る事しかしたくなかった。
人に優しくするゆとりなんて、ティースプーン1杯分も持ち合わせていなかった。
友人たちは、離れていった。
夫や親や家族は、わたしを腫れ物の様に扱った。
わたしは、孤独だった。
夫もいる、ペットもいる、家族もいる、住む家もあって、仕事もある。すばらしい友人もいる。
わたしはじゅうぶん満たされている、だから「孤独だなんて何様だ?」
夫はいつも何も言わず、近くにいた。
それは、わたしの心のそばにいてくれたわけではなかった。
友人は離れていった。
わたし自身も、壊れてしまった自分がやましくて、自ら離れてしまった。
さみしかった。ずっと。いまも、ずっと。
相談の仕方がわからなかった。甘え方がわからなかった。
だからひたすらに、意見を求めた。
夫はきわめて冷静に、問題解決に務めようとした。
現状をいかに乗り切るか、耐えぬくか。
まじめな夫の考えそうな、日本特有体育会系の忍耐思考。
わたしは孤独だった。淋しかった。
仕事の出来が悪いと怒鳴られ、人間の出来が悪いと怒鳴られ、
おまえの抱えてる孤独すら無駄で甘えだと怒鳴られ。
価値がないと怒鳴られ。
いつもみんなの前で怒鳴られ。
いつしか、自分の不満すら他人には話してもいけないほど、自分は下等な生き物なんだと卑屈になっていった。
だから、愚痴ではなく、意見を求める事しかできなくなっていた。
その、絶望的な心境に、夫の理解は一切なく、とにかく耐えろ、がんばろうといった。
誰も口を聞いてくれない職場、ひとりぼっちの作業。
中学生よりも仕事が遅いと怒られる日々。
逃げ出したかった。
それでも、夫の「がんばれ」を思い出し、耐えようとした。
前の晩に、飲み過ぎた睡眠薬が翌朝の頭を重たくし、
意識がないまま仕事場に行き、
もうろうとしながら作業を進める。
勝手に涙が出る。
でも、だれも気づかない。
だれもわたしを見ない。
誰もいない。
一日を生き延び、もうろうとしながら帰宅して、すぐ布団に入る。
この世の意識を消し去りたくて、何も考えなくて済む世界に行きたくて、睡眠薬を飲む。
足りなくなってまた追加。
家事なんてまったくしない。できない。
夫は何も言わず、本当に何も言わなかった。
愚痴も、
怒りも、
思いやりも、
何も無く、
ただ泣いて崩れていくわたしに声を掛けるわけでもなく
見つめるだけだった。
限界がきて、一度職場で首を吊った。
でも、苦しくて苦しくてギブアップしてしまった。
情けなかった。
また罵られる声の記憶が、頭の中で響いた。
「死にたきゃ死ねよ!死にたい奴はとっとと死ねよ!」
生きてしまったことが、情けなくて恥ずかしくて、死にたかった。
そのとき、最後のお別れに、夫に連絡した。
「しなないでくれ」
と、
ちょっと電話がきて、仕事に戻ると切られた。
わたしがどれだけ苦しいか、伝わっていない、
そうとしか思えず、ますます死んで思い知らせてやりたくなった。
夫にも、
あいつにも、
こいつにも、
みんなにも。
そのころのわたしは、もうとっくに壊れていた。
それからというもの、自分を守る事しかしたくなかった。
人に優しくするゆとりなんて、ティースプーン1杯分も持ち合わせていなかった。
友人たちは、離れていった。
夫や親や家族は、わたしを腫れ物の様に扱った。
わたしは、孤独だった。
夫もいる、ペットもいる、家族もいる、住む家もあって、仕事もある。すばらしい友人もいる。
わたしはじゅうぶん満たされている、だから「孤独だなんて何様だ?」
夫はいつも何も言わず、近くにいた。
それは、わたしの心のそばにいてくれたわけではなかった。
友人は離れていった。
わたし自身も、壊れてしまった自分がやましくて、自ら離れてしまった。
さみしかった。ずっと。いまも、ずっと。