なぜこうも非生産的なのだろう。あの人は何がしたいのだろう。まいどまいどボクに実験に関する話を振ってきては、ボクを不愉快にする。ボクが実験のアイデアを熱弁をふるって説明してあげたのに、あの人の求めるままにしてあげたのに、なぜボクが不愉快な目に遭うのだろう。
明日は大事な日だというのに、こんな低次元なことをブログに書いているボク・・・。
なぜこうも非生産的なのだろう。あの人は何がしたいのだろう。まいどまいどボクに実験に関する話を振ってきては、ボクを不愉快にする。ボクが実験のアイデアを熱弁をふるって説明してあげたのに、あの人の求めるままにしてあげたのに、なぜボクが不愉快な目に遭うのだろう。
明日は大事な日だというのに、こんな低次元なことをブログに書いているボク・・・。
なぜこうも非生産的なのだろう。あの人は何がしたいのだろう。まいどまいどボクに実験に関する話を振ってきては、ボクを不愉快にする。ボクが実験のアイデアを熱弁をふるって説明してあげたのに、あの人の求めるままにしてあげたのに、なぜボクが不愉快な目に遭うのだろう。
明日は大事な日だというのに、こんな低次元なことをブログに書いているボク・・・。
ここに書いても意味がないのだけれど。ごめんなさい。ボクが言い過ぎました。その場の勢いもあって、ボクの全てを知ってもらいたかったのだけれど、それが相手を結果的に傷つけることになったのかもしれない。売り言葉に買い言葉的な状況に発展したのかもしれない。
ごめんなさい。
今年ももう終わりか。短かったな。いろいろあったけど、一番の出来事は大きな決断をしたことかな、やっぱり。うまくいけば大きく人生が展開することだろう。とはいっても、自分の選択に絶対に間違いがないかといえば、そんなことはない。そこから生じる迷いは当然あるさ。逆に、何か決断を下すとき、迷いがないという人はいないと思う。でも、今の時点での僕の出した一つの確かな答えなのだから、その心を大事にしていきたいな。な~んんてね
しっかし、さすがにおお晦日に一人でいるってのは寂しいね。もう3回目だけど、馴れる事は無いな。オレのアパートには他に一人変なヤツが残っているだけだ。たまにキレた声あげたり、どたんばたんやったりしてるのが聞こえるよ。隣人からみれば、こんなときに帰郷しないのはおかしいと思ってて、オレもヤツも変人と思われてるんだろうね。オレだけは違うと言いたいが、そう思うと肩身が狭いよ。
今日は、一時間目に当日予約しようと思ったらなんとキャンセル待ちの状況だという。こんなの初めてだよ。今までは、休日だと逆に人数少なくてラッキーとか思ってたのに。だから、一時間目受けられなかった・・・。一時間目を受けて、二時間目には特別授業があるから、それを受けるまでの待ち時間に秋葉原行こうって思ってたんだけど、うえのような状況なので、すぐに秋葉原へ向かった。そして、駅のまん前にあるサトームセンでちょっと電子辞書のことを聞いたら、メディカル辞書は一般家電販売店では売ってないらしい。なんだ、そりゃ。早く教えろよ。昨日あのまま買ってしまえばよかったよ。どうせ生協で買うしかないんだし。だから、秋葉原まで行ったのも時間と金の無駄となった。そんなわけで、すぐに引き返した。再び入室し、自習した。なるべく早目に席を取ろうと思って、授業が行われる教室に入ったら既に多くの人。まだ一時間あるのに、みんな今日は行動が早いな、と思った。そして、座ったらすぐに先生が入ってきて、授業し始めたよ。まだ開始時間なってないだろ、って突っ込みを心の中で入れてたら、授業の続きだったのだ。つまり、オレが入室したのは、休憩時間だったってことになる。しかも、後に判明したのだが、先生が30分遅刻したらしい。当然、その分延長ということになった。オレは何がなんだか分からず、もう終わる、もう終わると思ってテキストも持ってない授業を無駄に聴くことになったのだよ。一時間待っても終わらないから、4階下の受付に事情を聞きに行って初めて知ることになる。となると、遅刻したその先生が受け持つ特別授業だったから、30分特別授業を延長することが予想された。よって、当日予約した3時間目の授業にぎりぎり間に合うはずだった時間割が完全に遅刻することになってしまう。すると、その分ペナルティがつき、今までのペナルティと合わせて4日間の授業が受けられなくなってしまう。そう思ったので、予約を30分ほど延長する手続きをしなければならず、そこにも時間が割かれたのである。さらに、ようやく特別授業が始まると、なんだこの授業は、と言いたくなるような内容だった。あまりに基礎的で時間の無駄と判断し、半分だけ受けて休憩時間に退出した。そして、通常どおりに3時間目を受けて、帰ってきて現在に至る・・・。
なぜ、これほど連鎖的に悪くことが運んだのだろう?こういうことがあるから、不断の努力が必要なのだ。イレギュラーに予定が狂うことは、これからも多くあるだろう。だが、そこにくじけずに自分を鼓舞していく。
オレの速度が遅いだけなのかもしれないが、すごく時間が足りない。二ヶ月前くらいから、本格的に意識し出したわけだが、どれだけのことをやれたかと振り返ってみると、心細くなってしまう。このままでは、いけない。軌道修正しなければ。だから、放射はもう切ろうと思う。お前も既にその方向で考えているのかな?一番つまらなくて、全く好奇心のもてない科目だからなんだけれど、将来のことを考えると少しだけ関係してくるかなとも思える。だから、こんな時期まで引きずって中途半端に終わることになってしまった。
物理化学の研究室に行きたいわけだから、物理化学を最も重要視すべきなんだが、時間を考えるとできないだろう。それよりも、生物を重点的にやっていくのが一番の近道だ。
しかし、学校の課題やレポートは大きな弊害だなぁ、改めて言うけれど。さらに、中途半端に時間の空いた後期の時間割がそれに拍車をかける。そして、そろそろテストが近くなってきたためますます時間がタイトになる。どうすべきかな。
課外授業、ようこそ先輩 を見て感動した。今回は、二日間だけ小学生が獣医の仕事を体験するというだった。動物は水族館にいて幸せなのか、という問いかけで始まり、イルカやシャチと触れ合うことを通して生命の大切さを知ってもらうことが目標だったのだろう。
イルカを触ったりだとか楽しいことだけでなく、糞を手で触って衛生状態を調べてもらったり、餌の魚の内臓をとったりだとか、僕たち人間にとって臭く、汚くて嫌がりそうなことだって体験させていた。生き物を育てるには、それなりの苦労がやはり必要だと分かってくれたと思う。最後に、動物は幸せだと思うか、という獣医の問に全ての小学生が応えてくれた。そのときの、あの小学生たちの姿が忘れられない。本当に動物のためを思うなら、野生に帰すべきだという意見だってある。でも、最近の裕福な家庭の、欲しいものは生き物だろうと何でも親が買い与えるという現状で、このような機会を設けるためにも動物園や水族館は必要だと考える。
今、小学生ですら殺人を犯すような狂気な世の中になっているけれど、生命の大切さを動物の世話を通して知ってもらうことは、もっともっと全国の小学校や中学校で推奨していくといいんじゃないかな。
政治家への日本歯科医師会の闇献金事件が再び取り上げられている。その際に、渦中の政治家に事情を聞くと「心当たりがない。」という。このニュースを聞いて私はまたか、と思った。このような賄賂を贈る事件自体についてはここでは述べないとして、私が苛立ちを感じたのはそのごまかし方についてである。
このような疑惑が浮かび上がると、政治家は必ず心当たりがないといった意味のことを返答する。なぜ、決してやってないと断言しないのか。心当たりがないという言葉には、一種の狡猾さを感じる。おそらく、心当たりがないということによって、その疑惑が確信に変わったとき、実際には覚えていたのだが、忘れていたのだからしょうがないとして自分の中で処理できるのだろう。忘れていたのならば嘘をついたということにはならない。また、世間に対しても一応の言い訳になるとでも思っているのだろうか。
つまり、心当たりがないとは逃げ道を用意してある返答だと私には思えてならない。そのような返答をする政 治家は十中八九嘘をついていると考えていいだろう。概して、政治家は論点のすり替えに長けている。そして、回答を不明瞭にして国民の目を欺く。そのような国会議員に対して怒りを感じずにはいられない。