午後からは、史跡&寺めぐり。
まずは、日露和親条約の締結所、長楽寺。
続いて、日米下田条約の締結所、了仙寺。
街の至るところで、ヴィルヘルム・ハイネの絵を見かけた。
当時26歳で、ペリーに同行して日本に初上陸したこの青年画家。パリに留学して美術を学んだ後、22歳で故郷ドレスデンの蜂起に参加、革命が失敗に終わりアメリカに亡命、アメリカ海軍に入り画家として日本にきている。その後、南北戦争などの紛争にも行っている。後にまた日本にやって来ているが、彼の8冊の著作のうち6冊が日本に関するもの。
彼にとって、26歳の時に初めて見た東の果ての異文化が、どんな戦場を経験しても消えなかった記憶なのかなと思うと、私もそんな場所に出会いたいと、何かで頭や心が固まってしまう前にもっといろんなものを見たいと、そんなことを考えた。
その後は、港へ。ペリー艦隊上陸の碑。
その先には、ペリーロードと呼ばれる道が続き、
旧澤村邸がある。
なまこ壁。街中に結構普通にありました、この壁。
澤村邸でやっていた、下岡蓮杖展。
日本の写真史のはじまり。
江戸の街が映像で飛び込んでくる。
写真はすごい。
一枚の写真の前でブアッと鳥肌が立った。
写真の下に、横浜外国人居留地と書いてあった。
私が生まれる遥か前の、故郷の風景。
何を感じたんだろう。わからないけど、この感覚は大事にしようと思った。
少し歩くと、見つけました。銭湯!(笑)
天然温泉でした。素晴らしい。
疲れも取れたところで、また寺めぐりに戻ろうと思って歩いていたら、こんなところを見つけた。
「原爆と人間展」
沖縄戦のこと、原爆のこと、核実験のこと。写真や文章の掲示、たくさんの資料が山積みされていました。
例えばひめゆりの上演にあたって、私達がいろんなところから戦争について調べたようなことが、より直接的に、なんと言うか乱雑に、飛び込んでくる空間。
人通りの少ない路地の、入場無料のガレージに、1時間以上居たけど、居るのはわたし一人だけでした。
一組の男女が通りかかって、一歩だけ中に足を踏み入れて、「うわっ怖っ!」って言って去って行った。それくらい乱雑に直接的にいろんなものが置かれていた。
こんな田舎の路地に、これだけの数の資料。いったい誰が集めたんだろう。そしてどれだけの人の目に触れるのだろう。一人てまも多くの人の目に止まることを願う。
ここに通りかかったことに、正直、運命というものを感じた。
to be continue……
アメブロ写真枚数制限やめてほしいよー゜゜(´O`)°゜
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