神業、母の業。 | 高橋咲―わたしがさかなだ。

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泳ぎます。踊ります。芝居します。旅します。人呼んで魚のブログです。

起こった出来事を全部ぷらすに解釈したい。

だから今日は、いつもより早く家を出れたことに目を向けたいし、涙の分だけ体の汚い水が流れ出たとか、そういう風に思えないかな。


今日抱いた感情は、悔しいってのとはまた違った。

わたしは悔しいって感情を、自分のこと以外には持てない。

誰かに対して、例えばその人が成長しないことに対して自然とその人の身になって悔しいと思えるのは、わたしにとっては神業だ。



いや。

神業、

ではなく、もしかしたら、母のなせる業、

なのだろうか。



わたしが怒りしか覚えられないことを、悔しい、とか、情けない、とかで泣くのだ。


母性か。


そういえば、わたしの近くにはそういう子がいつもいる。

23年間、いつの時代も、一人はいる。

人の身になって泣いてくれる子がいる。


不思議だった、そういう感情持ってないから。


あれは、母性か。

やっぱりわたしはクソガキなのかw




とりあえずいこう、レッスンへ。

考えるのはあとだ。