忘れて 生きる | 高橋咲―わたしがさかなだ。

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役者は、自分の演じる人物がドラマの最後にどうなるかを知っている。たとえば交通事故で死ぬことを知っている。だからといって事故に遭う前の晩、一家団欒の場面で悲しい表情をしたら興ざめである。「演出家の仕事とは、自分の人生の最後を知っている役者に、その最後を忘れさせ、〈いま〉を生き生きとさせることです」――和田勉さんはそう語った。俳優の丹波哲郎さん、脚本家の向田邦子さんとの鼎談で、「演出家の言うことを聞いていたら役者はうまくならない」という丹波説に反論しての発言である。演じる者、演出する者の散らす矜持の火花がまぶしい(岩波現代文庫『向田邦子シナリオ集4』巻末付録より

(2011年1月19日 読売新聞 編集手帳)



こーんな記事を読んだら、どこでもいいから劇場に行きたくなった。

誰のでもいいからお芝居が見たくなった。



観劇貧乏って言われるわけだ・・・