斜陽 | 高橋咲―わたしがさかなだ。

高橋咲―わたしがさかなだ。

泳ぎます。踊ります。芝居します。旅します。人呼んで魚のブログです。

最近、青空文庫ってのにハマっている。

著作権の消滅した作品を無料公開してるサイト。



作品を作る側としては、誰かが精魂こめて作ったものをタダで読むってことにためらいがあったりするが、

結局読んでしまうっていう。

図書館だと悪い気はしないのに、ネット閲覧は悪い気がする。

なんでだろうね。

先入観。

教育。


なんでだろうね。




ただ、誤字が多いのがいただけない。

恋、ってのが、こい、ってなるだけで残念。

レイアウトもよくないし。


だけどまぁ。



今日も帰ってきて、ついつい斜陽を読んでしまった。

中学生の頃、(まだわたしがスポーツもタップも知らない色白の文学少女だった頃。笑)、一度読んだことがあるけど、

全然覚えてなかった。笑

最初のスプウンのくだりと、荻窪の飲み屋のくだりと、恋文の表現の端々に感じた疑問?が断片的に記憶にあるだけだった。

なんでそこ覚えてるんだっていう、とりとめもないとこだったり。

あとあれ、最初のシーンを昔読んだ時、出てくる画ずらがおもいっきし昔の実家のリビングだったこととか。

今読んで、どう歪曲しても都会ど真ん中の横浜の家は想像できないw

伊豆という所の知識がなかったのか、想像するパーツのバリエーションがなかったのか。


いろんなものを見ていろんなものを知るというのは、

想像力の助けになるし、よりリアルに想像するための引き出し(引き出しという表現はあんま好きじゃないけど。)の中身になったりするだろう。

でも、もぅあんな奇抜な、斜陽の落ちぶれ貴族が大岡川の真ん前に住んでるなんて素敵な発想は、もうしないのかしら。


思い出して笑える過去。

思い出して笑える過去を作りたいものです。

結構、思い出されて笑われる過去を作ることにも、抵抗ないです。

相手が笑うなら、笑わせるでも、笑われるでも、いいです。

笑わせたい!なんて厚かましい欲はなくって、

笑っててほしい、と思います。


笑わせよう、って思った瞬間、それは"自分のため★"になる。

さきは基本的に自分のために生きているから、

笑い合う時くらい人のためでいたいんだと、思います。





でも、人ってなかなか笑わない。

笑う前に、ブレーキあるよね?

ハードルも、あるよね?



時には、笑ってあげることも、素敵なことだよね。




それを当たり前のように、しているよね。



区別が、あるよね?






話が、逸れたねw



「逸れた」

「反れた」


片っ方は、進んできた方向へ同じく突き進んでいるけど、

片っ方は、大幅な方向転換を行ったよね。


どちらにするべきかは、間違っちゃいけないね。





また逸れたw





なんでこんなしょーもないことつらつら書いてるかってね、

今半身浴中なんですよ。


暇、なんです。

風呂に携帯持ち込んで、

百人一首アプリ3回戦やって、

ブログ書いてて、

電話して、

ブログ書いてて、

そろそろごまかせません。


元々風呂嫌いですから、さっきから立ったり座ったり潜ったりしてます。

これは、じっと堪えることに意味があるのですか?

なら無意味です。

でも持ち込んだ水2Lはそろそろ空になりそうです。

ということで、もう少し物思いに耽り、もう少し素潜り記録に挑戦したら、

出ますパー