(NHKニュース 6月22日)
「感じたことを表現しないと、感性が死んでしまう」
僕はこのブログで、何回かこのフレーズを書いている。とても重要なことだと思っているからだ。
「感性の死んでしまった人が、日本にはたくさんいる」
今日は、そういう話を書いてみたい。
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6月18日午前8時前、大阪府北部で震度6弱の地震が発生、小学校のブロック塀が倒壊し、登校中だった9歳の女児が、その下敷きになって死亡した。
なんとも痛ましい事故である。
(NHKニュース 6月22日)
… おいおい、これは危ないだろう…。
ブロック塀倒壊前の、この画像がテレビで放送されたとき、誰もがそう思ったのではないだろうか?
高さ3,5mのブロック塀、元々は下部のブロック壁+フェンスだったものが、プールの目隠しのために、フェンスが外され、ブロックを積み増して、この高さになった。
この積み増しは40年以上前の施工だという。
そのブロック塀のすぐ下が通学路になっている。
ちゃんとルールを守って、通学路を歩いていた女児が、地震の被害にあってしまった。
これだけでも相当痛ましい話なのだが、昨日あたりから、「なぜこのブロック塀が放置されていたのか」、という事情が分かってきて、もう最悪の展開になっている。
これは明らかに人災だ。
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(NHKニュース 6月22日)
これは防災アドバイザーが実施している「防災教室」の様子。
(防災アドバイザーの)吉田さんは3年前の11月、この小学校で「防災教室」を開催し、全校児童や教職員などに対して、過去の地震で崩れたブロック塀の写真を見せながら危険性を指摘したということです。(NHKニュース 6月22日)
防災アドバイザーは、この時に、倒壊したブロック塀について「安全性を確認した方がいい」と伝え、1か月後に、資料を揃えて学校側にメールまでしていた。
ところが、校長はそれをスルーしてしまったのだ。
(TBS NEWS 6月22日)
「ブロック塀が危険だと知り、定期点検以外に2年前に個別で点検を依頼して調査してもらった結果、異常はないと判断された」
… これ、保身のためのゴマカシじゃないの…??
2015年11月2日 防災教室で危険性を指摘される
2016年2月25日 校長が教育委員会に調査を依頼
この間、なんと4か月もある。
NHKの報道では、教育委員会の職員が、学校を訪問した時に、校長が調査を依頼したという。要は「来たついで」ではなかったのか?
さらに、これ。
高槻市教育委員会の平野徹教育管理部長は「3年前に外部の専門家から危険だという指摘を受けていたことは、きのう開かれた保護者説明会に向けた打ち合わせの中で初めて知った」(NHKニュース )
校長は、防災アドバイザーからの指摘も、その後送られてきた資料も、教育委員会にはまったく報告していない。
「このブロック塀は危険」という指摘を受けても、この校長は、その危険性を身近に感じる取ることができず、自分の判断で、主体的に行動しようとしていない。
まさに感性が死んでいる。
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(NHKニュース 6月22日)
教育委員会は「基本的な調査をした」と釈明した。
この調査は、教育委員会が学校を訪問した2016年2月25日、その当日に、教育委員会の職員2名と、校長、教頭らで行われた。
ぶっちゃけ、全員素人である。
はたして「打診棒」での打音検査や、素人の目視が、この場合に適当なのか、彼らに判断できるハズがない。
みなさんだったら、こんなとき、どうする?
防災アドバイザーの資料を見るとか、スマートフォンで「ブロック塀 検査」と検索するだけで、結果は大きく違っただろう。
そういう感性が死んでしまっているのだ。
僕は、この「基本的な調査をした」というのは、保身のためのウソではないかと疑っている。
だいたい「打音検査」なんて、そんなに簡単なものじゃないし、教育委員会に「ブロック塀診断マニュアル」があるとも思えない。釈然としない点が多すぎる。
「指摘を受けていたのに、『何もしてませんでした』じゃ、済まされないだろう」
口裏合わせ?そんな感じがする。
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「感じたことを表現しないと、感性が死んでしまう」
これは、とても重要な事だと、僕は思っている。
ところが、組織の中にいると、そうはいかないことばかりだ。「忖度」だらけの世の中、権力者のイエスマンとして、言われたことだけやっている、それがこの国の「真面目」の正体だ。
その「真面目」な人たちの感性は、生きているのだろうか?
感性が死んでしまうと、危険さえ身近に感じられなくなる。自発的に、自分が何をすべきなのか、考えらなくなってしまう。
その結果、何が起きるのか、そんな想像もできなくなるのだ。
後は、ウソと口裏合わせで、責任回避するしかない。
教育委員会の会見、あの「ヘラヘラ感」が、日本国中に蔓延しているような気がしてならない。
「ウソ・隠蔽・無責任 → 弱者が泣き寝入り」
これが日本人の本質だと、僕は感じている。
<おわり>





