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追憶の骨 (bones)

音楽や映像だけでは残せない、あの時の僕たち。



小雨が降る土曜の午後、僕は期日前投票を済ませてきた。

あいにくの天気…、と思ったが、投票所は多くの人で混雑していた。選挙に対する関心は決して低くない…、そう祈りたい。

選挙とは、僕たちが直接、政治に参加できる唯一の機会だ。

「自分たちの社会を、自分たちで作る」、それが民主主義。だから、社会の事を知らなきゃいけないし、どんな社会がいいのか、自分で考えなくちゃいけない、それはとても、めんどくさい事でもある。

その一方で、選挙権がない奴隷の事を考えてみよう。

奴隷とは、「自分たちの社会を、支配者に作ってもらう」存在だ。支配者のルールに従って生きる人生は、ある意味、楽でもある。知る必要もなければ、考える必要もない。どんな理不尽な出来事も、適当に支配者に忖度し、自分さえダマしてしまえば、それはそれで、なんとかなってしまう、それが奴隷の人生だ。

それでも僕は選挙に行き、自分の決定で一票を投じる。

僕が票を投じた候補者は、当選しないかもしれない。それでも、僕の行為はまったく無駄にはならない。

なぜか…?

与えられた選挙権を行使して、自分の意思を表示する。

これは僕が、奴隷ではないことの証だからだ。



■ 密告制度を復活させる自民党

投票日前日の9日、リテラの記事で、自民党のトンデモない政策が明らかとなり、朝からネット上は騒然としている。

それがこれ。


「教育現場の中には「教育の政治的中立はありえない」、あるいは「子供たちを戦場に送るな」と主張し中立性を逸脱した教育を行う先生方がいることも事実です。」

… 「子供たちを戦争に送るな」が偏向教育だって…???

さらに恐ろしいことに…、

この自民党HPには投稿フォームが設置されていて、「子どもたちを戦争に送るな」という偏向教育を行っている現場を報告してほしいと、呼びかけている。

これは密告制度じゃないか…。

「子どもたちを戦争に送るな」を偏向教育だというその考えも心底恐ろしいが、それに加えて、戦前さながらの、密告制度による衆人環視社会を作ろうとするなんて、この現代にあっていいのか??

僕たちの周りには、自民党に所属する一般人「自民党員」がいる。

彼らが安倍晋三の命じるままに、僕たちの日常を監視し、個々の家庭を巡回して、些細な事まで詳細にチェック、何か不都合な事があれば、すぐさま警察や党に報告する体制作りが始まるかもしれない…、そんな事まで考えておかねばならない。



■ 「子供たちを戦争に送るな」と言えない社会でいいのか…?



戦前の日本は厳しい衆人環視社会、だから多くの親たちが、自分の子供を戦争に送らざるを得なかった。

そんな社会を復活させるとでも言うのか、自民党は…??

ネット上での批判を浴びて、このHPは即座に書き換えられたようだが、それでも自民党の本質が変わる事はない。

いいだろうか、今の安倍政権を支えている極右団体「日本会議」は、憲法改正を夢見て数十年も活動してきた。そんな彼らにしてみれば千載一遇のチャンス、これを逃せば、もう憲法改正はできないと考えているだろう。


「子どもたちを戦争に送るな」とは言えない社会…。

本当にそれでいいのか…???

それでも選挙に行かないなら、

それは、単なる奴隷だよ。



<おわり>