(報道ステーション 2月15日)
「表現の自由の優越的地位って何ですか、総理?」
「政治的公平性は政府が判断する」
本気でこんな事を考えている安倍晋三や高市早苗に対して、2月15日、民主党の山尾志桜里議員がとても有意義な追及をしました。
「優越的地位って、どういう事…?」
精神的自由>経済的自由
思想・信条の自由や言論・表現の自由などの精神的自由は、所有権や財産権などの経済的自由より重要だ、という事ですね。
「どうして、精神的自由の方が重要なの…?」
(報道ステーション 2月15日)
こう質問する山尾議員に対して、安倍晋三は…
(報道ステーション 2月15日)
「そんなことを、この予算委員会で、私にクイズのように聞くこと自体が、意味がないじゃないですか」
… はぁぁぁぁぁ???
以前、「安倍政権こそ、最も表現の自由を大切にしている」と発言した安倍晋三、しかし、その言葉に何の裏付けがない事がよく分かります。
政府が国民の経済的自由=所有権や財産権を侵害しようとしても、精神的自由=言論・表現の自由があれば、国民は選挙でそれを食い止めることができます。
しかし、選挙のベースになる言論・表現の自由が失われてしまうと、国民は何が行われているのかを知ることができないので、政府を止めることができません。
木村草太氏の解説は…
(報道ステーション 2月15日)
「戦前の日本には新聞法や出版法という法律があって、政府の気に食わない出版物あるいは新聞記事を差し止める命令が出せた。」
戦時中の日本では、1938年に国民総動員法が制定されました。
それによって言論・出版が厳しく制限され、国民は徴兵され、あらゆる財産が徴用されていきます。
戦争が終わってみれば、国土は焼け野原、大多数の国民が戦争の犠牲となり、財閥=大企業や貴族階級、政治家やその周辺の人間たちがゴッソリ儲けていたワケです。
自民党はそういう日本を取り戻したいのでしょう。
2月15日の報道ステーションの報道は、とてもコンパクトで分かりやすい内容です。動画がまだ残っているので、ぜひ見てほしいと思っています。(トップ画像をクリック)
■ 表現すること
僕は以前、こんな事を書きました。
僕たちは感じたことを、何かの形で表現しないと、それを感じた感受性が死んでしまう。
日本は「モノを言わない事を美徳」とする社会です。これは世界的に見て、極めて特殊な社会だと、僕は思います。
その分、感受性の死んでしまった人が実に多い。
感受性が死んでしまうと、法律=外部の基準でしか、善悪の判断ができなくなります。自分の中に残る基準は、唯一、損得勘定だけ。なので、何かをするのが「良いか、悪いか」よりも、「損か、得か」が最優先になってしまいます。
これが「日本人には統合性(インテグリティ)がない」といわれる理由でしょう。ウラオモテが激しい、という事です。
アメリカの憲法で「表現の自由」は一番最初に書かれています。
「表現の自由の優越的地位」という言葉、僕も初めて知りました。表現することはそれだけ重要なんだと、あらためてそう思います。
<③につづく>




